公共事業雇用:完全雇用への道(概要)

MACROECONOMICS

公共事業雇用:完全雇用への道(概要) ステファニー・ケルトン他

訳者からの注意

本Webページは、L・ランダル・レイ、フラビア・ダンタス、スコット・フルワイラー、パヴリーナ・R・チェルネワ、ステファニー・A・ケルトンの2018年4月における共著論文「Public Service Employment: a path to full employment」を日本語訳したものである。この論文はPDF文書1枚に収められているが、その日本語訳をWebページとして作成するにあたっては3つに分けた。その分、各ページの容量は少なく、容易にアクセスができるようにしてある。一方で読者諸君にはページ間を移動するというお手数をおかけする。その点、ご容赦願いたい。

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公共事業雇用:完全雇用への道(1)

公共事業雇用:完全雇用への道(2)

目次

概要

米国の労働市場が健全であると世間で報じられているにもかかわらず、何百万人もの米国人が失業中のままだ。これは好況時も不況時も我々の経済を悩ませる問題である。働きたいと思っている全ての人に雇用が提供されているわけではないのだ。この問題は女性・若者・黒人・ラテン系の人々において最も深刻だが、研究によれば多くの現役世代の男性すら雇用されていないことも判明している。このレポートは多くの大きな疑問を投げかけている。ではもし、連邦政府が出資する公共事業雇用プログラムを通じて必要としている地域に直接雇用を創出することで、全ての集団と地域で非自発的失業をなくそうとしたら、どうなるであろうか。このような労働市場の抜本的な変革は、どのようにして実現できるのだろうか。それにはどのような費用がかかり、米国経済にとってどのような意味を持つのだろうか。

この分析からいくつかの重要な含意が浮かび上がってくる。そのプログラムによって、アメリカ全土における働きたいと願う全ての該当者にとっての失業(生活賃金、つまり時給15ドルで仕事を確保できないこと)は無くなる可能性がある。(公共政策による)常時雇用の提供があれば、米国の労働市場は恒久的な真の完全雇用になるだろう。何百万ものアメリカの家庭が貧困から解放され、その恩恵が民間に波及して経済が成長するだろう。おそらく最も驚くべきことは、増税やインフレ問題を伴わずに全てのことが可能になるということだ。

我々は、働く準備ができており、かつ働く意思のある全ての人に生活賃金で雇用を提供する公共事業雇用プログラムの創設を提案する。これは、不況時に(本プログラムが無ければ)失業してしまう人々に雇用を提供し、その後、民間企業の雇用が回復するにつれて雇用規模が縮小する、「雇用保障」プログラムだ。これには連邦政府が資金を提供する一方で、分権型の管理が行われる。そしてフルタイムとパートタイムの両方の形態に時給15ドルを支払い、健康保険や育児を含む福利厚生を提供する。公共の目的を果たす計画における雇用機会を保障することに加えて、賃金と福利厚生にとって有効な最低基準を定める。

我々は、2018年第1四半期から公共事業雇用プログラムを実施した場合の10年間の経済効果をシミュレーションした。本プログラムに参加する可能性が高い人々に関する、より高い推定値に基づくと、「失業者」、「失業者」、及び「労働力参加から漏れた人々」を雇用することによって約1,500万人が公共事業雇用プログラムの労働力に引き込まれることになる。本レポートはより低い推定値も提示しているが、本稿で強調される結果は先程のより高い推定値のシナリオに対応している。

•実質、つまりインフレ調整後のGDP(2017年第4四半期のドル換算)は、(2020年から2027年までの間に)公共事業雇用プログラムが完全に整備されれば、平均して年間5,600億ドル押し上げられることになる。

•また、公共事業雇用プログラムによって創出された経済的刺激は、本プログラムの「乗数効果」により、基準値と比較して民間部門の雇用を最大420万人まで増加させることになる。

•本プログラムのインフレへの影響は、年間5,000億ドル以上もGDPを押し上げ、1,900万人以上の民間・公共の雇用を増やし、全国の賃金を時給15ドル以上に引き上げたとしても、軽微である。インフレ率の上昇は、予測される基準値より0.74%高い値でピークを迎え、その後、シミュレーション期間終了時には基準値よりたった0.09%高いだけの無視できる値まで低下する。

•本プログラムによる連邦予算への正味の影響は、平均して、プログラムの最初の5年間(2018~22年)でGDPの1.53%、最後の5年間(2023~27年)でGDPの1.13%となる。このシミュレーションは、雇用と賃金の増加によって生じるメディケイドと勤労所得税額控除の支出削減について非常に慎重な仮定をしている。そのため予算に対するこれらの正味の影響はかなり過大評価される可能性がある。

•中央政府の予算は、雇用と成長を後押しすることで年間530億ドル改善する。

•公共事業雇用プログラムの推定参加者者に基づくと、本プログラムは特に女性と社会的少数者へ利益をもたらすだろう。

•公共事業雇用プログラムにおける1人のフルタイム労働者は、最大5人までの扶養家族を貧困から救うことができるだろう。フルタイムとパートタイムの労働者が1人ずついれば、8人の家族を貧困から救うことができる。

•これらの測定された利益に加えて、公共事業雇用プログラムは、失業によって生じた様々な費用のかかる問題に対して、あらゆるレベルの政府による支出だけでなく、企業や家計による支出も削減することになる。犯罪の減少、健康状態の改善、社会的・経済的安定性の向上、メディケイドと勤労所得税額控除の支出削減がシミュレーションで想定されていたものよりも大きくなることによる節約という点で、本プログラムは「元が取れる」可能性がある。

•全てのコミュニティで実施される本プログラムは、人々を思いやり、コミュニティを強化し、環境を保護・再生することを含む仕事を通じて、地域特有のニーズを満たし、目に見える利益を提供することができる。本レポートは、米国における公共事業雇用プログラムの設計・業務・実施のための青写真を提供する。(隠れた、あるいは公式的な)失業とそれによる社会的な弊害は、政策選択の結果として生じるものだ。本レポートの結果は、この失業を生み出すがもはや容認すべきでない政策選択であるという議論に、より大きな重みを与えている。真の完全雇用は達成可能かつ持続可能なものなのだ。

はじめに

本レポートでは、国家的な雇用創出プログラムの実施による経済効果を検証する。本節では、我々が公共事業雇用と呼ぶ、生活賃金で何百万もの新規雇用を創出する新たなプログラムの目標と構造を簡単に説明する。その後、このようなプログラムの経済効果に関する主な見解を要約する。

本プログラムの目標と構造

我々は公共事業雇用プログラムを、過去40年間にわたって世界各国の政策を支配してきた新自由主義からの抜本的な脱却を意味する、経済の再構築の一環として捉えている。新自由主義の教義は、賃金の低迷、慢性的な高失業率、盛年男性労働者の労働力参加率の低下、悪名高いアメリカの「黄金時代」の時より深刻な格差拡大、家計負債の爆発をもたらしてきた。他にも、本稿における経済再構築の主要な取り組みは、国家的インフラ投資計画、学生・生徒の債務免除(Fullwiler et al.2018参照)、国民皆保険(Medicare for All)、最低賃金の時給15ドルへの引き上げなどに関する提言を含んでいる。

公共事業雇用プログラムは、メディケア(訳注:アメリカの社会保障制度)の拡充によって提供される医療サービスを含む基本的な福利厚生のパッケージ共に、時給15ドルの生活賃金の雇用を提供することで、補完的な役割を果たすことになるだろう。これは、働くことができ働きたいと思っている人に仕事を提供するという意味で、完全雇用を確保することになるだろう。雇用は国内全ての地域共同体に提供され、そこの経済を後押しすることになるだろう。

ここ数ヶ月、国家的な「雇用保障」創設への関心が急上昇している。1 これらの提言は、仕事を必要としている何百万人ものアメリカ人へ働く機会を提供することに、我々の国(訳注:アメリカ合衆国)が失敗していることを(的確に)認識している。我々はこのような政策提言を四半世紀近く前から行ってきた。ニューディールプログラムをはじめとしたアメリカの経験や、他国(訳注:アメリカ以外)で採用されている雇用創出プログラムを検証してきた。これらにおける成功例と失敗例を長年にわたって調査した結果、他の政策よりも単純、かつ経済を安定化させる可能性が高いプログラムを設計した。

我々の公共事業雇用プログラムでは、パートタイムとフルタイム、両方の雇用形態の労働者に時給15ドルの統一賃金が支払われる。これにより、働く準備と意欲がある人は、最低でもその賃金を得ることができるようになる。言い換えれば、これは全国的かつ効果的な最低賃金となり、その他の雇用者もこの水準を(少なくともこの賃金を支払うか、他の手当や機会を提供して低賃金を補償するかのいずれかをして)満たさなければならない。またこれは、基本的な医療(我々はこれをメディケアの拡充で行うことを提案している)だけでなく、その他の基本的な給付(育児など)も行う。繰り返しになるが、これは事実上、その他の雇用者が満たさなければならない(満たせない場合は何らかの補償する)最低限の給付パッケージを確立することになる。

このような給付金と手厚い賃金の導入は、ルーズベルト大統領がニューディールの雇用プログラムで追求しようとした戦略の一部でもあり、目的も同じくしていた。生活賃金(と給付金)を支払うことで、底辺の生活水準押し上げることができる。残念ながら、ルーズベルト大統領は目標を達成することができなかった。政治的な反対によって、熟練労働者には比較的まともな賃金が支払われるが未熟練労働者には貧困水準の賃金が支払われるという、段階的な賃金構造を受け入れることを余儀なくされた。その後、保守的な政治家が支配する州は、賃金を低く抑えるために、公共事業促進局(WPA)のようなニューディールプログラムを通じて州内で創出されたほとんどの雇用を未熟練労働に指定した(NRPB 1941; Henry 2016)。フルタイムで働く誰もが生活賃金を得られるように米国の労働市場を抜本的に再構築するには、プログラムが支払う最低賃金が高くなければならない。

いくつかの雇用保障に関する政策提言は、より高い技能を持つ労働者ほど賃金が高くなるよう段階的に賃金を支払うことを企図している。だがこのような戦略には 2 つの問題がある。第一に、ニューディール計画をめぐって見たのと同じような政治的闘争を引き起こす可能性がある。保守派が支配する州は、高賃金の事業を排除しようとするだろう。さらに問題となるのは、より高いスキルを持つ労働者の賃金が上がることで、民間企業の雇用者との競争が激化することだ。事実、経済成長期において熟練労働者のための実質的な競争が発生する。米国が直面している最も深刻な失業問題は、スキルや教育を受けていない労働者の慢性的な失業であること、そして彼らの多くが景気の良し悪しにかかわらず失業(及び不完全雇用)状態にあることだ。我々の設計は、この集団への雇用創出を狙っている。より高水準の教育を受け、より高いスキルを持つ労働者は、世の中で雇用先が不足している時に我々の提案するプログラムに参加することになるが、それは暫定的なものとなる。彼らは雇用条件が改善されるまでそこで一時的に働くだけだろう。民間企業が提供する標準賃金が時給15ドルという本プログラムの賃金を上回れば、彼らにはそこ以外での雇用に移るインセンティブが生まれる。公共事業雇用プログラムは、時給15ドル以上の賃金を払って彼らを留め置こうとはしない。

他方で公共事業雇用プログラムは、スキルや学歴が低い人に働く機会を提供するだけでなく、プログラム外で仕事を得る機会を増やすことができる。彼らは実務経験とOJT(実地研修)も積むことができる。このことは、本プログラムで創出される全ての雇用における、明確な目標とする必要がある。そのため、労働市場が逼迫する(訳注:労働者が足りなくなる)と、雇用者は公共事業雇用プログラムから労働者を募集することになる。

設計上、本プログラムの雇用は、景気後退期には拡大し、景気回復期には労働者が民間部門に引き抜かれて縮小するという反循環的なパターンで動くことになる。これは経済活動と家計所得の安定化に役立つ。経済学者はこれを「自動安定化装置」と呼んでいる。景気に合わせてプログラムによる支出が変動するため、政府予算も逆循環的に動くだろう。これも循環的な変動をなだらかにするのに役立つ。

我々は、公共事業促進局のように連邦政府が管理するプログラムに利点があることを認識しつつも、高度に分権化されたものを提言したい。今日、連邦政府が直接雇用しているのはたった280万人だ(米国における総雇用数の2%にも満たない)。普遍的な雇用保障を擁護する者は、本プログラムがその5倍の数の労働者を雇用する可能性があると認めている。我々はこのような規模で連邦政府の雇用が拡大することが、政治的に実現可能なのか心配している。我々は行政を地域共同体レベルまで分散化するメリットも知っている。全ての地域で雇用を創出し、全ての地域にとって有益な事業を創出することが目的なのだから、提案段階から実施、運営、評価に至るまで地域共同体が参加することは理にかなっている。

そのため、連邦政府にプログラムの資金を提供してもらう一方で、我々は州や地方自治体、登録された非政府非営利団体が提案を行うことを認める。(民間部門内の公平な競争を維持するため、営利企業の参加は認めない。)連邦政府の資金が使われるため、プロジェクトの査定と評価は、地域共同体、州、地方、連邦といった複数のレベルで行われることを想定している。

我々は、ほとんどの創出された雇用が、非営利の地域共同体、公立学校、州や地方自治体に公共事業を提供することを期待している。我々は、連邦政府の役割を(地方の雇用事務所を通じて)行政サービスの提供、プロジェクトの評価、及び賃金・給付金や様々な材料費のための資金調達に限定することを推奨する。しかしながら、州や地方の努力が不十分であることが判明した場合、連邦政府は、仕事を求める全ての人が十分な数の雇用を利用できるようにするための補完的なプロジェクトを作成する必要がある。これらは雇用が十分で無い集団を対象としなければならない。

雇用保障プログラムを擁護する意見の中には、「大規模な公共事業の実行はニューディールに倣う」とする意見もあるが、我々は、インフラ事業における公共事業雇用プログラムの労働者が行う仕事を小規模事業、または承認された実習生・その他の訓練生の仕事に限定する。なぜなら、時給15ドル以上の賃金を要求するデイビス・ベーコン法や実勢賃金法との矛盾を避けるためだ。上述したように、我々は公共事業雇用プログラム内で賃金が段階的になるのを支持しない。さらに、本プログラムを民間雇用と競合させたくもない。事実、今日の全ての公共事業プロジェクトには、民間の建設会社に委託される政府契約が含まれている。我々は、このような民間の請負業者と競争するために公共事業雇用プログラムを使用したり、実勢賃金法を歪曲したりするつもりはない。しかし、公共事業雇用における労働者は、該当する実勢賃金法やデービス・ベーコン法に抵触しない範囲で、非常に小規模なプロジェクト(公園の遊具の設置)、インフラの簡単な維持・管理(生け垣の植樹)、リフォーム(低所得地域の住宅や地域共同体の建物に断熱材を加える)などに従事することはできる。

実施されるプロジェクトの種類は、州や地方の労働法やニーズの変化に合わせて全国で異なる。また我々は、雇用や地域共同体サービスを提供するための代替的なアプローチによる社会実験も想定している。例えば、労働者の生活共同組合(以下:生協)を設立する提案をいくつか募ることが考えられる。こういった事例では、生協は自立するまで連邦政府が賃金援助され、期間限定で公共事業雇用プログラムによって支援されるかもしれない。加えて、労働者が本プログラム外で高度な仕事に就くための、研修生プログラムが提案されることも考えられる。我々は、存在しない仕事のために労働者を訓練するプログラムへ資金提供することを避けたいと考えているが、訓練はあらゆる公共事業雇用プログラムにおける仕事の一部であるべきであり、研修プログラムが認められる余地がある程度必要だとも考えている。繰り返しになるが、どのような種類のプロジェクトが許可されるかは州や地域のルールによって決まるのだ。

我々は本プログラムの賃金を時給15ドルにすることを提唱しているが、現行の連邦最低賃金から即座に時給15ドルに移行することは、国内の多くの地域で混乱を招くことを認識している。さらに、1,500万人の労働者を雇用し得る国家的なプログラムにスケールアップするには時間がかかる。したがって本プログラムは、雇用者数と賃金・給付金の両面でおそらく数年に渡って段階的に実施されるだろう。現在の提案では、段階的に最低賃金を引き上げ、2022年に最終的に時給15ドルに達するとしている。これにより雇用者は、一定期間の余裕を持って、より高い賃金に調整することができる。本プログラムの実施はこれと同様のスケジュールに従うだろう。

生産、雇用、インフレ、政府予算、貧困に対する経済効果

ここで、我々が提案している公共事業雇用プログラムのマクロ経済シミュレーションの結果を簡単に紹介しよう(詳しくは第3節参照)。シミュレーションでは、2018年第1四半期から本プログラムが段階的に実装され、2019年第1四半期までに完全に導入されると想定している。その後、2027年の第4四半期までの10年間のシミュレーションを行う。つまり、生産、物価、雇用、人口動態などの現実世界のデータを用いて基準値の予測を行い、一方で本プログラムを導入した場合の予測をし、その結果を基準値と比較するのだ。そうすることで雇用、生産、所得、インフレ、財政赤字などの重要な経済変数の推定値が得られる。

我々が使用しているモデルは広く採用されている公平モデルであり、長期にわたって現実世界のデータと的確に一致することが証明されている。シミュレーションのために、本プログラムが1時間あたり15ドルを支払うと仮定する。またフルタイム労働者とパートタイム労働者が混在している週の平均労働時間を32時間と仮定する。賃金以外の福利厚生費は20%に設定する。加えて、材料費などのコストは、賃金コストの25%に相当すると想定している。既に議論したように我々は、現実世界の本プログラムは時給が15ドルへ徐々に上昇しながら数年に渡って段階的に実施されると認識しているが、我々の分析の目的のため、迅速に(4四半期に渡って)実施され、最初から時給が15ドルになるプログラムをモデル化している。

我々は,公共事業雇用プログラムの上限値バージョンと下限値バージョンの2つのシナリオについてそれぞれ2つの設定を用い、計4つのシミュレーションを行った。上限値バージョンは「プログラムへの参加率が高い」という前提条件を採用し、一方、下限値バージョンはそれが低いという前提条件を採用している。FRB(連邦準備銀行)の反応関数を「オフ」にした場合、プログラムが雇用とGDP成長を促進するので、FRBは経済成長の加速に反応して利上げをしないと仮定する(この反応関数をオンにすればFRBは「風に逆らって」利上げをすると仮定されている)。

これらのシミュレーションは、雇用の提供を受ける人の数についての代替的な仮定を与えられた場合、経済・政府予算・FRBが公共事業雇用プログラムに対してどのように反応するかを算出するものだ。ここでは、4つのシミュレーションの全て結果を示すが、上限値バージョンの結果を詳しく扱う。上限値によるシミュレーションの結果は、プログラムの規模を最大にするだけでなく、GDP・民間部門の雇用・連邦予算・インフレにも最大の影響を与える。このシミュレーションを我々が選択したのは、「多くの人は、このようなプログラムを最も好ましくないと考えるだろう」という仮定、つまり最も費用がかかり、インフレになりやすいという仮定に誤りがあると考えたからだ。

また我々は、FRBの反応関数をオフにした結果を詳しく扱うことも選択している。これは、FRBがインフレ圧力に対応して利上げを行わないため、よりインフレが進行しやすいシナリオである。だがここにはトレードオフが存在する。なぜなら、金利を引き上げて経済成長を鈍化させることで民間部門の雇用が減少し、解雇された労働者が公共事業雇用プログラムに移動するからだ。さらに、FRBの利上げによる金利上昇は、政府債務の元利払いを増加させるため、連邦政府の支出総額が高くなる。将来の金利政策の予測には大きな不確実性があるため、我々はFRBの反応関数をオフにしておくことを好む。2 しかし、これらのマイナス効果はどれも大きいものではない。

FRBの金利を無視(反応関数をオフに)すれば、2022年にプログラム内の雇用は、上限値バージョンのピーク時で1,540万人に達することが分かった。3 公共事業雇用プログラムからの刺激策は、(FRBがオフの上限値シミュレーションの場合、)さらに400万人以上の民間部門の恒久的な雇用を創出するだろう。4 本稿第2節では、公共事業雇用プログラムへ参加しに来る労働者を分類している。2017年第3四半期のデータを用いると、本プログラムには失業者500万人~600万人、フルタイムで働く機会を求めている非自発的なパートタイム労働者300万人~600万人、新たに労働力参加する者約500万人が参加しに来ること分かった。

本プログラムは実質GDPを年間5,000兆ドル以上押し上げることになる。5 驚くべきことに、雇用の増加(本プログラムで1,500万人以上、公平モデルの基準値と比較して400万人以上多い民間部門の新規雇用、計1,900万人以上の雇用増加)と、全国的に実効な最低賃金が時給15ドルに引き上げられたとしても、インフレへの影響はマクロ経済的には取るに足らないものとなる。(インフレに応じてFRBが利上げを行わない上限値バージョンにおいて)基準値を上回るインフレ率は2020年に0.74%でピークを迎える。6 2027年末までには、経済が賃金と雇用水準の上昇によって調整され、本プログラムを原因とするインフレ率上昇は0.09%(上限値の高い前提条件)まで低下する。言い換えれば、生活賃金で完全雇用に移行しても、インフレは一時的にごく僅か押し上げられるだけであり、それ以降はプログラムによって完全雇用が維持されるため、実質的には「ホワイトノイズ」(訳注:細かな変動)程度まで低下する。

連邦政府の歳出が増加する一方で税収も増加するため、財政赤字は緩やかなものとなる。FRBの反応がない場合の上限値シミュレーションにおける財政赤字は、最初の5年間で年間3780億ドル、2年目の5年間で年間4100億ドルとなっている。財政赤字対GDP比で見ても、債務の元利払いを含めた場合でも正味の予算への影響は小さく、全シミュレーションの平均で1%から2%の範囲に収まる。金利を差し引いて平均すると、下限値シミュレーションで対GDP比0.83%~1.13%、上限のシミュレーションではGDPの1.13%~1.53%の間に収まる。経済パフォーマンスの改善は州政府の予算を支え、(上限値シミュレーションでは)年間約530億ドルの予算改善につながる。

しかし、これらの推計値は、低所得世帯を対象とした連邦・州・地方の幅広いプログラムにおける潜在的な貯蓄の可能性に関して、非常に保守的な仮定に基づいている。2015年、連邦政府は、食物・栄養サービスプログラム(補助的栄養支援プログラムで740億ドル、児童栄養プログラムで210億ドル、女性・乳児・児童栄養補助プログラムで60億ドルを含む)で1,040億ドル、貧困家庭一時扶助で173億ドル、住宅支援で500億ドル、勤労所得税額控除で670億ドル支出した。加えて、公共福祉における社会サービスと所得維持のための、州による直接支出の合計は5,050億ドルだった(これには医療・警察・刑務所関連への支出は含まれていない)。貧困・借金・犯罪の削減、身体的・精神的健康の改善など、全ての社会的・経済的利益を含めると、連邦政府予算への影響は、我々が報告しているものよりもはるかに小さい(州予算へのプラスの影響が大きい)と考えられる。

また本レポートは、人種・性別ごとに公共事業雇用プログラムへの参加状況と、貧困率低下を推計している(第2節参照)。我々は、このプログラムが貧困率に大きな影響を与え、女性やマイノリティへ重点的に利益をもたらすことを発見した。時給15ドルによって、1人のフルタイム労働者で5人まで、1人のフルタイムと1人のパートタイム労働者で8人までの家族を貧困状態から助けることができる。現在、600万世帯近くがフルタイム労働者であるにもかかわらず貧困水準で生活している。我々は、本プログラムのフルタイム労働者として働く人が一家に一人いれば、950万人の子どもたちが貧困から解放されることを発見した。2017年時点で貧困水準の生活をしている800万世帯の平均所得は10,505ドルだった。これは本プログラムのフルタイム労働者が得る金額の半分にも満たない。

失業と貧困による社会的・経済的費用は、連邦政府、州政府、地方自治体、民間企業、慈善団体、アメリカの家計によって既に「支払われている」。生活賃金での雇用を1,500 万人分創出し、全ての労働者の賃金を時給15ドル以上に引き上げ、貧困を大幅に削減するプログラムによって、様々なレベルの政府予算がどれだけ節約されるかの具体的な金額を見積もることは難しいが、おそらく社会保障支出が削減され、税収が増加することはほとんど疑う余地がない。政府や社会全体が既に負担している経済的・社会的費用の方が遥かに大きく、その大部分が労働機会が不十分であることに起因している。このことを考慮せずに、国家的公共事業雇用プログラムのための連邦資金の「費用」にばかり焦点を当てるのは間違いであろう。

後注

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1. 例えば、Austin et al. (2018), Paul et al. (2018), Dayen (2018), McElwee, McAuliffe, and Green (2018), Spross (2017), and Rubin (2017)。

2. 公平モデルにおける基準値の予測において,FRBの金利目標は2025年までに4%近くまで上昇する(シミュレーションの最終年である2027年までその水準にとどまる)。これは基準値のGDP成長率、そしてシミュレーションで算出された成長率を上回っている。経済成長率を上回る金利は、一般的に債務比率を上昇させる。我々はこの予測には懐疑的だが、この予測はFRB自身の予測と一致している。なぜならば、民間部門の債務負担が増加し、金融不安が増大し、金融危機が発生する可能性が高くなるからである。

3. FRBの金利を考慮に入れれば、上限値におけるピークは1,630万に達する。下限値も2022年にピークを迎え、FRBの金利を無視すれば1,160万人、無視しなければ1,220万人となる。

4. 下限値シミュレーションにおける民間部門の追加雇用のピークは、FRBの反応関数がオフの場合の約330万人から、オンの場合のわずか220万人までの間の値だ。

5. FRBの反応をオフにした上限値シミュレーションでは、実質GDPへの上昇は2022~24年がピークとなり、平均で年間約5930億ドルに達する。その後、実質GDPへの効果は緩やかに減少し、2026年から27年の間に、下限値シミュレーションでは年間4,400億ドル、上限値シミュレーションでは年間5,430億ドルに収まる。FRBの反応を含めると、含まないシミュレーシ ョンと比較して、下限値シミュレーションでは年平均 1,300 億ドル、上限値シミュレーションでは年平均1,600 億ドル、実質GDPへの影響が小さいなる。

6. FRBの反応をオンにすれば、インフレ圧力はその半分程度にしかならない。