政府予算制約の限界:通貨の使用者と発行者

MACROECONOMICS

政府予算制約の限界:通貨の使用者と発行者 ステファニー・ケルトン

訳者からの注意

本Webページは、ステファニー・A・ケルトンの2011年1月における論文「Limitations of the Government Budget Constraint: Users vs. Issuers of the Currency」を日本語訳したものである。

要約

金融危機とそれに伴う経済のメルトダウンにより、多くの先進国政府の財政赤字と債務残高が急激に上昇した。その後、公共部門の債務が増加したことで民間部門のバランスシートが回復し、これらの地域では景気回復の基礎ができた。だがこれまでのところ、ユーロ圏のいわゆる「ソブリン」危機は、真の主権(訳注:ゾブリン)政府が真の恐慌に陥らないよう維持してきた財政的な解決策を弱体化させた。無制限の財政調整で完全雇用を回復させることができる政府は、明日のギリシャになることを恐れ、財政支援メカニズムを計画的に弱体化させ、明日の日本への道を歩んでいる。

キーワード:財政政策、赤字、ゾブリンリスク

はじめに

1943年、アバ・P・ラーナーは 「機能的財政と連邦債務(Functional Finance and the Federal Debt )」と題した論文を発表した。1それは、「戦争に勝つ必要性を除き、今日の社会が直面している課題の中で経済不安の解消ほど重要なものはない」(Lerner 1943, p. 38)という認識から始まった。当時、連合国は歴史上最も広範な戦争に直面しながらも、何百万人もの人々が、これまでに知られている中で最も深刻な経済恐慌から未だ立ち直っていなかった。だがラーナー氏は政府がこの二つの問題に対処することを主張し、国内外双方で勝利を収めるために財政の力を最大限発揮するよう、政策立案者に促した。1945年までに連合国はドイツと日本を降伏させ、戦後の拡大期は30年近く途切れることのない成長と経済的繁栄をもたらした。

それから70年近くが経ち、さらには2007年に世界の金融システムがほぼ崩壊してから、戦争と経済不安が再び世界の多くの人々を苦しめている。2007年の世界経済危機の直前から、世界は 2,760 万人を失業者名簿に追加し、脆弱な雇用の割合を50.1%にし、さらに4,000万人のワーキングプアを生み出し、170万人の若者が労働力から完全に脱落させた[国際連合, 非政府連絡サービス(Non-Governmental Liaison Services, NGLS)2011]。だが今回の欧州債務危機は、積極的かつ迅速な財政対応を誘発することなく、米国・オーストラリア・カナダ・英国のような国々を怖がらせた。また彼らも、まるでデフォルトの瀬戸際に追い込まれかねない「転換点」に近づいているかのように振る舞い始めた。これらの政府は、このような危機を避けるために、緊縮財政こそが経済繁栄への論理的な活路であるという主張に屈して、赤字を抑制しようとしている。これは全て、政府予算制約(Government Budget Constraint, 以下「GBC」)を誤って適用してしまった、悲劇的な帰結である。

目次

1.政府予算制約

金融危機後、世界最大の中央銀行は大幅な金利引き下げを行い、中国・米国・英国といった各国政府は減税や歳出増で財政を大幅赤字に転落させた。2これらの政策に批判的な人たちは即座に反対の声を上げた。

新聞、ラジオ、テレビの「ニュース」番組は全て、国家が「一文無し(broke)である」または「一文無しになろうとしている」と日常的に誇大広告を出している。あるインタビューではオバマ大統領でさえ、アメリカ政府が「金欠(out of money)」になったとまで宣言していた(C-SPAN 2009)。最近で言うと、財政赤字委員会が、差し迫った信頼の喪失、欧州型の債務危機、債務不履行の可能性を防ぐために、メディケアと社会保障の大幅削減を行わなければならないと結論付けた。もはやこれは「史上最大の誤報キャンペーンの一つ」(James K. Galbraith 2010)に相当する。

残念なことに、我々、経済学者の規律の中心概念は、これらの問題について国民の理解を深める材料を、何も提供してこなかった。代わりに、我々の分野で最も著名な学者の何人かは、緊縮財政を正当化し、人々にとって最も重要な社会的安全プログラムのいくつかを攻撃するために使用されてきた、経験的な証拠を提供するのに熱心だ。例えば、アラン・J・アウエルバッハら(Alan J. Auerbach et al. 2003)、ジャガディーシュ・ゴーカレーとケント・スメッターズ(Jagadeesh Gokhale and Kent Smetters 2003)、ローレンス・J・コットリコフとスコット・バーンズ(Laurence J. Kotlikoff and Scott Burns 2004)、それぞれの研究は、米国財政が持続不可能な道を歩んでいると示すことを目的とした、非常に形式的なモデルを提供している。この文献で提示されているような財政の「持続可能性」は、GBCから派生した異時点間政府予算制約(Intertemporal Government Budget Constraint, 以下「IGBC」)という概念と、民間信用市場が国債の長期実質金利を設定するという中心的仮定とに基づいている。この議論を理解するためにはまず、良く知られているGBCを知ることから始める必要がある。

G + iBNon-Govt = T + ∆BNon-Govt + ∆M

これは、無利子の政府支出(G)と非政府部門が保有する国債の利子(iBNon-Govt)が、税収(T)と、非政府部門が保有する国債残高の変化(∆BNon-Govt)と、マネタリーベースの変化(∆M)との合計に等しくなることを示している。これは同時に、(1)∆M による「お金の印刷」はインフレを招くので避けるべきである(Niall Ferguson and Kotlikoff 2003)、及び、(2) 赤字支出は「市場要因」(つまり、予算の不足分を補うための政府の借入能力)によって事前に制約されている、ということを示している。このうち第二の命題は、国の債務に支払われる金利は貸付資金フレームワークのように民間金融市場で設定される、という正統派の仮定で補強されている。このようなGBCと、実質金利決定の正統派的な理解が相まって、財政不均衡に関する文献の中心概念であるIGBCが生成される。

オリヴィエ・ブランチャードら(Olivier Blanchard et al. 1990)の方法に従うと、異時点間予算制約を得るために、GBCを次のように変換することができる。

この式を見ると、プライマリーバランスが均衡していれば、公的債務残高は r で増加するが、債務比率は (r-g) で増加することがわかる。また、ここでプライマリー赤字(Gt - Tt)が増加していても、生産成長率(g)が実質金利(r)よりも十分に大きい限り、公的債務比率(Bt / Yt)は低下する、というお馴染みの結論に到達する。しかし従来の理論では、赤字が続くと国家の貯蓄が減少して金利が上昇するとし、その可能性を否定する傾向がある。3

このような結論は、貸付資金アプローチに根ざしている。このアプローチの下では、実質金利が「実質的な経済力」(すなわち貯蓄や資本)によって設定されるのに対し、名目金利は単に(フィッシャー効果のように)インフレ期待を説明するものだとされる。すなわち、エリック・エンゲンとグレン・R・ハバードによれば、「政府債務の変動が金利に与える潜在的な影響を理解し、測定するための標準的な基準は、政府債務が物理的生産資本に取って代わるか、それを『押し出す(crowds out)』経済の総生産関数に基づく、標準的なモデルである」(Eric Engen and Glenn R. Hubbard, 2004, p. 4)。

同様に、マーティン・S・フェルドシュタイン(Martin S. Feldstein, 1986)を基にした最近の研究では、予想される財政赤字の効果に焦点を当てている。例えば、トーマス・ラウバッハ(Thomas Laubach, 2003)、及びウィリアム・G・ゲイルとピーター・R・オルザグ(William G. Gale and Peter R. Orszag, 2004)は、5年先の(予測される)赤字対GDP比が1%上昇すると、5年先の長期財務省金利が0.20~0.60%上昇すると主張している。予測される赤字が十分に大きいならば、IGBCは、金利負担が無限に増大し、財政不均衡が拡大し続ける予兆となる。ゴーカレーとスメッターズ(Gokhale and Smetters, 2006)はこのような計算に則って、65兆ドルに達し得る財政不均衡に米国が直面していると主張している。したがって政府は、コットリコフとバーンズが警告を発しているような悲惨な結果を避けるために、予測される赤字を大幅削減する(例えば給付金制度改革を通じた)緊急措置を取らなければならないと考えられる。

「歴史を見ると、国家が支払い不能になると何が起きるかを教えてくれる例は数多く存在する。途方もない高さまで増税し、明示的または暗黙の債務不履行に陥り、狂ったようにお金を刷り始める。これがインフレの引き金となり、金利を押し上げ、為替相場を暴落させるのだ。企業が潰れ、銀行は閉まる。その結果、金融と経済がメルトダウンする」(2004 年、xxiii)。

これより本稿では、歴史上「支払い不能になった国家の例が数多く」あるのに対し、アメリカのような国家に適用できる例が数少ないことを主張していく。具体的に言うと、兌換性のない主権通貨建て債務を発行している国に、IGBC(及びそれに伴う影響)は当てはまらないのだ。

2.主権の重要性

「財政不均衡」の文献で述べられているような「財政持続性」という概念は、通貨の主権発行者と非主権使用者を区別していないので、根本的に欠陥がある。具体的に言うと、正統派アプローチでは、主権不換(つまり変動為替)通貨の発行者が「経済内の他の機関と同様、貸付資金の需給に従い、『市場の力』によって課される信用条件を受け入れなければならない」(Fullwiler 2006, p.3)と仮定している。したがって支配的なマクロ経済モデルは、赤字・債務残高の対GDP比率の上昇が、インフレを引き起こし、長期金利を上昇させることで成長を阻害する傾向があると予測している。だがこれは、単純に歴史が示しているように、正しくない。

「米国でも英国でも(中略)公的債務比率とインフレの間に目立った関係はない。例えば、米国の公的債務比率は1946年のピーク時、109%に達したが、その後10年間のインフレは低かった。同様に、米英どちらの歴史も、多額の公的債務が成長の足かせになっていることを示していない。実のところ、公的債務比率のピークは、異常に強い経済成長の前兆であった」(David A. Levy and Srinivas Thiruvadanthi 2010).

残念ながらこのような歴史的規則性は、GBCの悲惨な予測が実現する、と主張する影響力の強い見解を押さえ込むには至っていない。例えばアーサー・B・ラッファーは、バーナンキ連邦準備制度理事会(FRB)議長とバラク・オバマ大統領を槍玉に挙げ、彼らの政策が最終的にアメリカ経済へ大きな代償をもたらすだろうと警告した(Laffer, 2009年)。具体的に言うと、ラッファーは、中央銀行の金融操作が「急激な物価上昇」をもたらし、米国の巨額の財政赤字が「異常な高金利」を引き起こすと予測した(Laffer, 2009年)。彼はこう述べた。

「今日、対GDP比13%の財政赤字が予測される中、深刻な経済危機に陥ってから1年以上経過している。米国のGDPは約14兆ドル、連邦税収は約2.4兆ドルであるため、このような債務は正に、金利上昇、大規模増税、政府契約の一部不履行を保証してしまっている。」(同書)

だがラッファーの主張は、不換通貨の主権的発行体にGBCを誤って当てはめることで導き出されたものだ。

米国のような国では、赤字が金利を(上昇させるのではなく)減少させる傾向にあった。赤字支出は、銀行システムに対する準備の純注入に繋がるからだ。(そして、大規模赤字は準備の大量注入を意味する。)銀行システムが準備で満たされると、その準備の価格(米国で言うところのフェデラル・ファンド金利)は単純にゼロになる可能性がある。ゼロ金利がFRBの政策と整合しない限り、中央銀行は超過準備を流出させるために債券を売り始めることになる。フェデラル・ファンド金利がFRBの目標範囲内に収まるほど低下するまで、債券売却は継続される。4

このように、金利は「政策」変数であり、連邦準備制度理事会は、財政赤字(や債務)の大きさに関係なく、どんな名目金利でも常に達成できる。もちろん、これは他の不換通貨の主権的発行体にも当てはまる。例えば日本の場合、債務残高対GDP比が100%を遥かに超える状態が続いているにもかかわらず、日本銀行は主要な翌日物金利を設定する能力を失なっていない。その金利は約10年間、1%を下回ったままだ。そしてFRBと同様、日本銀行は、利回り曲線のもう一方の端でも金利を動かす力(例えば量的緩和など)を持っているため、日本の公共部門の債務が爆発的に増加しても、10年物国債金利は明確な下降傾向にあった。要するに、ラッファーの米国金利の将来予測は、赤字支出と銀行準備と金利の関係についての誤った理解に基づいているのである。近年のアメリカ(と長年の日本)の経験は、彼のレトリックに欠陥があることを示す適例だ。

正統派アプローチのもう一つの欠陥は、ラッファーが示唆するような、財政赤字の増加(そしてそれに伴う国家債務の増加)は将来の増税を必要とする、という考え方に由来している。だがベル(Bell 2000)が米国の例で示したように、税金は政府の購入費用を「支払う」ものではない(事実、できない)。税金は銀行準備を流出させ(これは税金の重要な機能だ)、総需要を抑制するが、通貨の主権的発行体の過去・現在・将来の支出を「賄う」ものではない。この議論を理解するために必要なのは、財務省の財政運営によって暗示されている(Bell 2000 のような)バランスシートの勘定科目を通して作業することだけだ。このような若干厳密な分析は本稿の範疇を超えているので、以降は再び歴史的記録に目を向ける。

1990年代後半から2000年代前半の短い期間を除き、米国では、1980年代半ばにロナルド・レーガンが国家債務の規模を3倍近くに拡大して以来、赤字と債務の上昇傾向が続いている。しかし、レーガン-ブッシュ期の赤字は、債務残高対GDP比を約60%に押し上げたに過ぎず、120%を超えた第二次世界大戦後の時代には遠く及ばなかった。

現在の赤字と予測される赤字の関係を議論する際、米国史上最大の公的債務累積と共に、法人税や米国で最も裕福な人々への課税が何十年にも渡って下降傾向にあったことを思い出すのは、おそらく有益だろう。そして、この40年で給与所得税は順調に上昇しているが、税収対GDP比率は50年以上の間で軽微にしか変動していない。すなわち、現行の政府債務の増加が「大規模増税」を必要とする、というラファー氏の主張は単純に米国の経験から裏付けられていないのだ。また日本の課税額は、政府債務が爆発的に増加しているにもかかわらず、先進国の中で最も低い水準にとどまっている。

最終的にラファー氏は、「政府契約の一部不履行」は、オバマ政権の「誤った」財政政策の必然的帰結だと主張している。このような発言は、良く言えば誤解を招くものであり、悪く言えば知的に不誠実なものだ。真面目なマクロ経済学者であれば誰でも知っているように、米国のような政府(つまり主権不換通貨を発行している政府)は、債務が自国通貨建てであれば、あらゆる未払い金融債務に対応することができる。これは、アラン・グリーンスパンが「政府は自国通貨建て債務で不履行になり得ず、(中略)そのような債券を無制限に発行することができる」(Greenspan 1997)と認めている点である。

3.なぜPIIGSは苦境に立たされているのか

米国・英国・カナダ・オーストラリアでは、いずれもある意味で通貨制度と財政制度が「結婚」しているが、ユーロ圏では、EMU(Economic and Monetary Union, 経済通貨統合)の下でそれらが「離婚」している。ヤン・クレゲルが言うように、「これは欧州の通貨組織の抜本的な変化を表している。欧州では、財政力が加盟国レベルで維持されつつ、金融機関の権限は欧州中央銀行システムという単一の連邦組織に移された。」(Kregel 1999, p. 36)。その結果、貨幣の制御と、完全雇用時の総需要を維持する能力との関係(ラーナーの機能的財政の核心部分)は、貨幣同盟の下で切断される。

ユーロ発足に至るまで、この変化の重要性を認識していた経済学者はほとんどおらず、代わりに多くの者が、真に独立した中央銀行を創設することのメリットや、単一通貨を使用することで得られる効率性向上に焦点を当てていた。注目すべき例外としてチャールズ・グッドハートは、世界的に支配的な「一つの国家、一つの貨幣」モデルを放棄し、現在の「一つの市場、一つの貨幣」モデルを支持する計画に疑問を呈していた(Goodhart 1998)。ジョン・スミッチンもまた、ユーロの採用は「(明らかなように)金融政策だけでなく他の重要分野においても、公共政策決定における国家主権に最も広範な影響を及ぼす」(Smithin 1999, p.49)と論じ、非常に早い段階から懸念を表明していた。したがって、各国中央銀行(ブンデスバンクやフランス銀行など)が金融政策決定権をECBに委ねることになるとは誰もが認識していたが、加盟国政府が財政政策決定権を債券市場に委ねることになると理解していたのは、ほんの一握りの経済学者だけだった。これを認識していた2人の経済学者、バリー・アイケングリーンとユルゲン・フォン・ハーゲンは、こう推測した。

「ある加盟国政府(説明のためにイタリアと呼んでいる)が歳入不足に陥ったことを想像してほしい。その政府の債務返済は困難だ。債務元利払いの停止を懸念した債券保有者は債券を売り始める。これにより、その債券の価格は下落し、イタリア政府は、満期を迎えた債券を借り換えようとする際、提示する金利の引き上げを余儀なくされる。金利上昇は、政府の歳入・歳出の格差をさらに拡大させ、財政問題を悪化させる。債券市場の問題が他の金融市場に波及する恐れがある。最悪の場合、資産価格の暴落や、金利上昇が企業の収益・借入返済能力に与える影響は、銀行システムの安定性を脅かす可能性がある」(Eichengreen and Hagen 1995, p. 224)。

これはまさにPIIGS(訳注:ポルトガル・アイルランド・イタリア・ギリシャ・スペインの略称)の問題だ。

主権通貨の発行権を放棄することで、ユーロ加盟国の政府は、非主権(無国籍)貨幣の利用者となったのである。ワイン・ゴッドリーは欧州がこの道を歩むのを必死に阻止しようとし、EUが「加盟国の主権と、主要な問題について独立した行動をとる能力に終止符を打つことになる」(Godley 1992, p. 39)と主張した。同様にマルコム・ソーヤーは、新しい取り決めの下では、「各国政府はもはや、国債金利を支払うために『貨幣を印刷』する能力を持たなくなり、彼らの支払い能力は、必要な課税を行えるかどうかにかかっている」(Sawyer 1999, p. 11)と警告している。すなわち、多くの人はユーロによってこの地域がある種の「ヨーロッパ合衆国」に変貌すると予想していたが、実際の加盟各国はカリフォルニア州・テキサス州・ニューヨーク州のような状態になってしまった。

このように、外部から予算制約を受けない米国政府とは異なり、ユーロ加盟国政府は資金調達の外的制約に直面している。このことには、重要な含意が2つある。第一に、加盟国政府は、赤字支出を行う前に、経常収入を上回る支出に対して必要な資金を確保しなければならない。すなわち、彼らが赤字支出を行うためには、あらかじめ民間の貸し手が信用を拡大する意思を持っていなければならない。第二に、米国政府が発行している債券とは異なり、ユーロ加盟国政府の債務は債務不履行リスクから解放されていない。そのため、市場が加盟国の信用力を認識した上で貸出判断を行っていることになる。その時問題となるのは、政府に「予算を均衡させ、事後的に赤字をゼロにすることで、公的債務を蓄積するリスクから銀行を守る」(Alain Parguez 1999, p. 72)という能力があるかどうかである。財政赤字が比較的小さな政府は、より良い条件(もちろんその条件は金融市場に左右されるだろうが)で信用を得ることができるようになるだろう。赤字が拡大している政府は、ユーロ加盟各国が資金調達を巡り競争することによって、ますます制約を受けることになるだろう。

ジェリー・L・ジョーダンは、その意味するところを簡潔に述べている。

「どの加盟国の財政当局にとっても、許容できる代替案が予算制約の『悲惨な算術』によってほとんど奪われる、というリスクが存在する。市場が求める国債利回りが国家の名目所得成長率を上回る場合、未払い債務にかかる利払いは相対的に大きな負担にならざるを得ない」(Jordan 1997, p.3)。

すなわち、財務省・中央銀行間の伝統的な結び付きはユーロ下で切断された。これは、ラーナーが言うところの「国家の創造物」である通貨とは異なり、金融市場がユーロの「究極の正統性の源泉」となったことを意味する(Parguez 1999, p. 66)。

4.要約と結語

ラーナーが「国家の創造物としての貨幣(Money as a Creature of the State)」と題した評論(Lerner 1947)で認識しているように、貨幣を巡る主権と政策を巡る主権の間には重要な繋がりがある。自国通貨を管理する政府は、財政・金融運営を調整することができ、金融市場が資金調達条件を独断することを防ぐことができる。ベル(Bell 2000)やフルワイラー(Fullwiler 2006)が示しているように、そのような政府は先に支出し、後から借りることができる。彼らは、自国の計算単位で販売されているものなら何でも買う「余裕がある」。どんな債務水準でも維持することができる。機能的財政の原則に沿って政策を実行し、成長を回復させ、経済不安を解消することができる。

対照的に、貨幣管理と政策決定権の間の繋がりを断ち切ってしまった政府(ユーロ加盟国など)は、不況に陥った経済を回復させるために必要な大規模介入を維持できない。彼らは支出する前に借入をしなければならない。市場利率を支払わなければならない。彼らの債務は維持できなくなる可能性がある。彼らの資金調達は機能不全だ。(完全な政治的統一を通じた、あるいはECBの融資枠拡大を通じた方法によって)貨幣と政策の繋がりが回復するまで、彼らはGBCの厳しい現実に対して無力なままとなる。

出典

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後注

※注の番号をクリックすると、その注が付けられた文に戻ります。


1. ラーナーはこれらの考えを開発するために「管理の経済学(原題:The Economics of Control, 1944)」及び「雇用の経済学(The Economic of Employment, 1951)」を記した。

2. 財政赤字が大規模であっても、自動安定化装置による積極的な対策(景気刺激策など)でなければ何の価値も無い。また緊縮財政も、赤字を減らすどころか増やす傾向にあることがギリシャでも判明し始めているように、無価値だ。

3. 赤字と金利の関係に関する実証的な証拠については、スコット・フルワイラー(Scott T. Fullwiler 2006)を参照されたい。

4. 準備会計及び米国財務省と、連邦準備制度理事会との間の調整については、ステファニー・A・ベル(Bell 2000)やフルワイラー(Fullwiler 2005, 2006)が詳しく解説している。