MACROECONOMICS

第 9 章 主権通貨の入門:政府とその貨幣

目次

学習目標

  • • 不換通貨に価値があり、国内取引で受け入れられる理由を理解する。
  • • 固定為替相場制と変動為替相場制の違いと、マクロ経済政策の実施におけるその重要性を認識する。
  • • 負債を創造する方法と消滅させる方法を理解する。

9.1 はじめに

この章では、この教科書のこれまでの章で少し紹介された概念のいくつかを、さらに詳しく掘り下げようと思う。まず計算貨幣と自国貨幣に目を向け、後者がかつて金などの貴金属であったことに注目する。我々は「不換貨幣」と呼ばれるものが、国家による税の支払いやその他の義務の要求によって価値を持ち、広く取引で使われるようになっていると主張する。あらゆる金融上のスットクとフローは、自国の計算貨幣で表される。この文脈において、金融システムは業務上の処理の記録、すなわちスコアボードと見なすことができる。その時、我々は変動為替相場制と固定為替相場制を比較することができる。

政府および非政府の負債は、自国通貨や計算貨幣で表される。我々は、レバレッジ(負債の使用)を定義した後、これらの様々な種類の負債は、政府の負債が最上位にある金融ピラミッドと考えることができると主張する。

最終的に、混乱を避けるためには「貨幣」という用語を慎重に使う必要があることを強調する。

9.2 国家貨幣(計算単位)

さてこれより、貨幣をストックとフローの計算単位として見てみよう。

一つの国家には一つの通貨

第6章では計算貨幣の概念を紹介した。豪ドル、米ドル、日本円、英ポンド、ユーロは、全て計算貨幣の例だ。最初の4つはそれぞれ、単一の国に関連付けられている。それは歴史を通じて普通のことだった。「一つの国家には一つの貨幣」だった。この法則にはいくつかの例外もある。現代のユーロは、欧州連合の経済通貨同盟(Economic and Monetary Union, EMU)における複数の加盟国で採用されている計算貨幣だ。我々は、経済通貨同盟などの例外的な事例を扱う時、その通貨がその国によって使用されているが発行されていない場合に生じる差異を慎重に特定する。

以下の議論のほとんどは、自国が独自の計算貨幣を採用している、より一般的な事例に焦点を当てるつもりだ。自国政府は、通常は計算貨幣で表される通貨(通常、様々な硬貨と紙幣で構成される)を発行する。政府による支出、ならびに政府に対する納税義務・手数料・罰金は、それぞれ同じ計算貨幣で表される。これらの支払いは法律により強制力を持つ。より一般的には、法律で金銭的契約を強制することにより、自国の計算貨幣が広範に使用される(賃金の支払いなど)ことが確保される。

多くの国では、外国の計算貨幣で表される民間の契約が存在する。例えば、ラテンアメリカの一部の国では、米ドルでいくつかの種類の契約を書くのが一般的だ。多くの国では、支払いに米国通貨を使用することも一般的だ。国際貿易の契約の多くは、どちらの当事者も米ドルを自分の通貨として使用していない場合でも、米ドル建てだ。一部の推定によると、米国外に流通している米国紙幣の総額は、米国で使用されている米国紙幣の額を超えている。この多くは、麻薬取引を含む違法行為に関係していると考えられている。

したがって、1つまたは複数の外国の計算貨幣およびそれで表される外貨は、自国の計算貨幣およびそれで合わされる自国通貨と一緒に使用される場合がある。これは政府当局によって明示的に認められ、許可される場合もあれば、地下経済の一部で検挙を避けるために使用される場合もある。我々は上記のように「一つの国家には一つの通貨」の法則から逸脱しているものを認識しているが、一般的にはそれらが取引と契約の全体を占める割合は小さく、ほとんどは自国の計算貨幣で行われている。

主権と通貨

自国通貨は、主権通貨、つまり主権政府によって発行された通貨だとたびたび呼ばれる。主権政府は、民間の個人・機関に与えられていない様々な権限を保持している。ここでは、貨幣に関連する力のみに関心がある。主権政府だけが、「政府はどの計算貨幣を認めるか」を決定する力を持っている。さらに、現代の主権政府だけが、自国の計算貨幣で表される通貨を発行する力を帯びている。例えば、米国政府以外の組織が米国通貨を発行しようとした場合、偽造者として起訴され、厳しい罰則が科せられる。(戦争状態にある国は、敵国の通貨に対する信頼を破壊することを望んで、敵国の通貨を偽造し、インフレを引き起こし、経済を弱体化させようとすることがある。)

上記のように、主権政府は、自国の計算貨幣で納税義務(および罰金と手数料)を課し、これらの義務の支払い方法を決定する。つまり、納税者が義務を果たすための支払いとして、政府は何を受け入れるかを決定する。

さらには、主権政府は、財・サービスを購入する時、または退職者への年金などの自身の支払い義務を果たす時、どのように独自の支払いを行うかを決定する。ほとんどの現代の主権政府は自国通貨で支払いを行い、同じ通貨での納税を要求する。我々がこれから検証する理由のために、政府の通貨で納税を要求することが、同じ通貨による政府支出が受け入れられる状況を確保する。

何が通貨を裏付けているのか

主権通貨をめぐる混乱が続いている。例えば、多くの政策立案者や経済学者は、政府が何かの購入時に発行した通貨を民間部門が受け入れる理由を理解するのに苦労してきた。一部の人は、政府支出が受け入れられることを確保するためには、貴金属で通貨を「裏付ける」必要があると主張している。

歴史的に、政府は通貨に対して金や銀(あるいはその両方)の準備を保持することがあった。常に人々が通貨を政府へ返すことで貴金属を入手できるならば、その通貨は受け入れられると考えられていた。通貨は「金と同じ」と考えられていたからだ。時には金貨の場合のように、通貨自体に貴金属が含まれている場合もあった。

例えば米国では、1960年代後半まで財務省が発行通貨額の25%に相当する金準備を維持していた。だが、米国市民は通貨を金に交換することを許可されていなかった。米国通貨の外国人保有者のみがそうすることができた。しかし、米国とほとんどの国がこの慣習を断念して、かなり長い時間が経った。金の裏付けがなくても、米国通貨は世界中で依然として高い需要がある。これは、通貨が貴金属の裏付けを必要とするという見方が間違っていることを示している。

法定通貨法

通貨の受け入れについて提供される別の説明は、法定通貨法だ。歴史的に主権政府は、支払いに自国通貨を受け入れることを要求する法律を制定していた。実際、米国政府が発行する紙幣は、「この紙幣は、公的および私的全ての債務にとっての法定通貨だ」と宣言している。カナダ紙幣には「この紙幣は法定通貨だ」と書いてある。オーストラリア紙幣には「このオーストラリア紙幣は、オーストラリアおよびその領土全体で法定通貨だ」と書いている。対照的に、英国紙幣は単に次のように述べている。「要求に応じて合計5ポンドをこの紙幣の所有者に支払うことを約束する」(5ポンド紙幣の場合)。一方、ユーロ紙幣は何も約束してない。

さらに、歴史を通じて、法定通貨法を制定した政府は多く存在してきたが、彼らは自らが発行する通貨の需要を生み出すことができなかった。その通貨は民間同士の支払いでは使われず、政府による支払いにおいてさえ拒否されることがあった。時には、王が発行した硬貨を受け取らなかった場合、罰として額に熱した硬貨を押しつけられた。したがって、法定通貨法がなくても容易に流通した通貨も、法定通貨法があっても排除された通貨も存在した。さらに、ご存知のように、米ドルを法定通貨として認める法律がない多くの国(政府当局によって米ドルが推奨されていない国でさえ)で米ドルが流通している。

不換通貨

現代通貨は、政府が貴金属と交換するという約束がないため、しばしば不換通貨(fiat currency)と呼ばれる。それらの価値は「命令(fiat)」によって宣言されている(政府は新たな通貨発行を立法化し、50セント硬貨をその価値に等しい貴金属の準備を保持せずに50セントの価値があると公表している)。経済学を履修する学生の多くは、通貨を裏付けるものは「何もない」が政府の「命令」はあると最初に言われた時、ショックを受ける。学生たちはおそらく実際に通貨を金に交換しようと考えたことはなかっただろうが、通貨を「何か」が裏付けており、おそらく政府には償還に使う貴金属の準備があるのだろうと、誤った思い込みを持って安心していた 。

英国通貨の「要求に応じて合計5ポンドをこの紙幣の所有者に支払う」約束は、約束された支払いを行うための準備を財務省が保持していることを示唆する、健全な基盤を提供しているように見える。しかし、実際に英国政府に5ポンド紙幣を渡しても、財務省は別の5ポンド紙幣、または合計5ポンドになる複数の硬貨を渡すだけだ!米国やオーストラリアの財務省も同じことをするだろう。5ドル紙幣は、別の5ドル紙幣や、5ドル分の複数の紙幣と硬貨に交換される。政府の「支払う約束」とは、この程度だ!

通貨を貴金属に交換できない場合に、また、通貨が受け取られることを確保するために法定通貨法が必要でも十分でもない場合に、そして、政府の「支払う約束」が本当に何もない場合に、なぜ人は政府の通貨を受け取るのだろうか。それでは、答えを見てみよう。

課税が貨幣の需要を生み出す

主権政府が持つ最も重要な権限の1つは、税金(および手数料や罰金など、政府に対して行われるその他の支払い)を課し、徴収する権限だ。納税義務は、米国やオーストラリアではドル、日本では円、英国ではポンドなど、自国の計算貨幣で課される。さらに、主権政府は、国民が納税義務を果たすために政府へ提供するものを決定する。現代の全ての国において、納税手段として受け入れられるのは、その国の政府が発行した通貨(後述するように、通常は中央銀行の銀行準備の形態である)だ。

ある納税者は民間銀行が振り出す小切手を使用して納税を行い、また他の納税者は電子的に政府に送金する。政府はこれらの小切手と送金を受け取ると、中央銀行が管理している民間銀行の銀行準備を引き落す。銀行準備は、銀行相互、または銀行から政府への支払いを行うために使用される政府通貨の特殊な形態だ。全ての通貨と同様に、銀行準備は政府の負債だ。事実上、民間銀行は納税者と政府の中間に位置し、納税者に代わって通貨(銀行準備)で納税を行う。銀行がこれらの支払いを行うと、納税者の義務は果たされたことになり、消滅する。1

これで、「なぜ人は不換通貨を受け取るのだろうか」という先ほどの質問に答えることができる。その答えは、「政府の通貨が、税金やその他の支払い義務で政府が受け入れる主要な(通常は唯一の)通貨であるからだ」というものだ。もちろん、政府通貨を他の目的に使用できることも事実だ。硬貨は自動販売機に使用でき、民間の債務は政府の紙幣を渡すことで返済でき、 将来の支出のために政府の貨幣を貯金箱に貯めることができる。ただし、これらその他の通貨の使用は全て、政府に納税で通貨を受け入れる意思があったことで副次的に起きたことである。政府の通貨が求められているのは、納税義務がある人は誰でも、その通貨を使用してその義務を解消できるためである。それによって、人々は財・サービスの購入や個人的支払い義務にそれを使用できる。

政府は人々に、通貨を個人的支払いに使用したり、貯金箱に貯金したりすることを容易に強制することはできないが、納税に自らが発行する通貨を使用することを強制することはできる。このため、貴金属の準備も法定通貨法も、政府の通貨の受け取りを確保するために必要ではない。必要なのは、政府の通貨で納税義務を課すことだけだ。英国のポンド紙幣に刻まれている「支払う約束」は、余計であり、大いに誤解を招くものだ。英国財務省に5ポンド紙幣を渡しても実際には(別の紙幣を除き)何も支払われないと、我々は知っている。ただし納税の際、彼らはその紙幣を受け入れなければならない。これは実際に、政府の通貨が金のためではなく、政府への支払いで償還される方法です。これが本当の、政府の通貨が償還される過程だ。金との交換ではなく、政府への支払いによって通貨が政府に戻ってくる。第20章では納税の会計処理を行う。今のところ、政府に対する納税義務は政府自身の負債を徴税者に提示することで果たされると、理解するだけで十分だ。

我々は、課税が貨幣を動かすと結論づけることができる。政府は、最初に計算貨幣(ドルなど)を創造し、次にその国の計算貨幣で納税義務を課す。これは現代のあらゆる国で、ほとんどの負債・資産・消費価格も自国の計算貨幣で表される状況を確保するのに、十分な作用をもたらす。政府は、納税でその通貨を受け入れる限り、同じ計算貨幣で表された通貨を発行することができる。政府が「発行した」通貨について言えば、これを発生させる最も一般的な方法は、政府支出だ。我々は、政府が通貨を現実に向かって支出すると言う。また、彼らは借入もできる。

通貨を貴金属で「裏付ける」必要もなく、自国通貨の受け取りを求める法定通貨法を施行する必要もない。米国政府がドルの国内外での一般的な受容性を確保するために行わなければならないのは、「この紙幣は全ての公的および私的の債務の法定通貨だ」と紙幣に書くことではなく、「この紙幣は税金の支払いで受け入れられる」と約束することだ。

第2章の補論では、バッカルーモデルを紹介する。そのモデルは、米国の学生が単位を取るために数時間のコミュニティーサービスに参加する時、報酬としてもらえる貨幣に言及している。バッカルーを使用すると、学生は納税義務を果たすことができる。この通貨は明らかに価値があるが、かつてのような金属に支えられているわけではない。バッカルーは、経済に広く受け入れられるわけではない。米国政府は米ドルで税金を徴収するからだ。しかし、バッカルーが学生の間でドルに交換されることは、大いに考えられる。コミュニティーサービスを追加で行う余裕がある学生もいれば、必要なコミュニティーサービスを行わずにドルでバッカルーを購入する余裕がある学生もいるだろう。

Box 9.1では、18世紀後半の植民地時代のバージニア州における紙幣の使用に言及することにより、貴金属の裏付けなしで不換通貨には価値があるという主張を示す。

BOX 9.1 歴史的な紙幣:植民地アメリカにおける紙幣と税の償還

税金が貨幣を動かすという概念は、硬貨と紙幣の発行についての歴史を調べることで実証できる。ファーリー・グラブ(Farley Grubb, 2015)は植民地時代のバージニア州の紙幣の使用に関して調査し、紙幣の償還のために税金を課す原則を示している。当時、イングランド政府は硬貨を独占して発行する自らの権限を保護するために、アメリカの植民地が硬貨を発行することを禁止していた。植民地は輸出から硬貨を入手していたが、強力な重商主義権力によって、イングランドは植民地の輸出を自国が必要な原材料に限定した。植民地は完成品を輸入し、硬貨をイングランドに送り返さなければならなかった。イングランド国王はまた、帝国の支出を制限したかったので、フランス・カナダ人・アメリカ先住民との戦費を含む費用を主に植民地に負担させた。したがって、植民地政府が輸出で得た英国硬貨は、人頭税や奴隷やタバコの輸出税などを通じて、慢性的に不足していた。

そこで植民地政府は、財政能力を高めるために紙幣を発行し始めた。バージニア植民地政府は、財務省紙幣の発行を可能にする複数の法律を可決した。各法律には、(バージニアポンドで表された)発行される紙幣の総額が含まれ、最終的にそれが「償還」(これはグラブと当時の議員によって使用された用語だ)される日付を設定していた。興味深いことにその法律は、紙幣発行の時点で新たな税も課していた。

あらゆる紙幣法には新たな税、通常は土地税と人頭税が含まれており、これらは数年間実施された。これらの新たな税が実施される年数は、それぞれの紙幣法によって承認された紙幣を完全に償還できるように決められた。各紙幣法の日付は、その法律によって承認された紙幣の最終償還のために設定され、その法律によって設定された課税期間の終了日に完全に一致していた。(Grubb, 2015: 27)

財務省が紙幣を発行することを許可した紙幣法も、税金の目的が通貨を「償還する」ことであると認識して、新たな税を課した。実際、植民地時代の紙幣は、「税金の支払い」、「(英国)硬貨で支払うための財務省への提出」という2つの方法で「償還」されることがあった。財務省は新たに発行された紙幣を支出し、その紙幣を受け取った人はそれで税金を支払うか、支出するか、財務省に提出して英国硬貨と交換することができた。

さて、財務省は、納税時に受け取った紙幣をどのように使ったのだろうか。グラブは、「紙幣は処理され、燃やされた」(Grubb, 2015: 17)と報告している。これは、政府が支出するためには税収が必要であるという一般的な信仰に反している。植民地時代の事例は、政府が徴税する前には最初に政府支出が必要であり、そして、政府は納税を受け取るとそれを支出するのではなく燃やしたことを示している。

グラブは、ほとんどの税金が紙幣で支払われ、ほとんどの紙幣が納税で「償還」されたことを示している。

10,327ヴァージニアポンドが徴税され、そのうち2,527ヴァージニアポンドは、財務省に持ち込まれた紙幣を償還するために使用される、正貨の専用口座へ明確に配分された。残りの徴税分は紙幣であり、燃やされた。したがって、この税の76%は紙幣で支払われ、24%は正貨で支払われていた。(Grubb, 2015: 29)

上記2つの方法でさえ「償還されなかった」紙幣は、どうなったのだろうか。 それらは循環し続けたのだ。

最終償還日において、それぞれの紙幣の所有者は、紙幣を正貨と交換するために財務省に殺到するわけではなかった。紙幣は引き続き流通し、紙幣保有者は自由に財務省への支払いに使うことができた。1766年以降におけるバージニア政府の会計係ロバート・ニコラス・カーターは、この行動を指摘し、「ほとんどの商人、そしてその他の人々も、(中略)州内部の事業での取引で便利であるため、金や銀よりもそれら(バージニア財務省紙幣)を好んだ」 と言った(William and Mary College Quarterly Historical Magazine, 1912: 235)。 (Grubb, 2015: 30)

同様に、アダム・スミス(Adam Smith, 1937[1776])は、植民地が税金に比べてあまりにも多くの紙幣を作らないように注意すれば、紙幣の価値が下がらない(それどころか、定められた価値以上で流通することさえある)と主張していた。納税における紙幣の償還は、流通からそれらを削除し、それらを希少価値を保つ。グラブは、これは植民地政府によって熟知されていたと主張している。

バージニア議会は、償還と、それが紙幣の価値を厳密に管理することに与える影響に注目していた。これは、1760年3月の紙幣法に示されている。それは「そして一方で、この植民地の紙幣の信用を保持することが最も重要である。紙の債権や財務省紙幣を、それと同じものを発行するために議会が制定したいくつかの法律の真の意図と意味に従って、適切に価値が下落させるように適正な注意を払うこと以上に、その目的のために貢献するものは何もない。そして、この目的のための一定の方法を確立することは、通貨の口座で決済する際の困難と混乱を防ぐかもしれない」(Hening 1969, v. 7, p. 353)と宣言している。(Grubb, 2015: 27–28)

これは、政府が使うことのできる「収益」を提供するためではなく、政府紙幣の価値を維持するために紙幣が流通から除去されたという事実を強調している。支出が償還を超えた時の問題は、政府の破産ではなく、インフレだ。徴税は支出のために「収益を増やす」ことを意味していなかった。政府はまた、納税の一部を硬貨の形で受け取る必要があることに気付いた。これは、硬貨を紙幣と交換するという約束を確実に満たすことができるようにするためだった。

財務省紙幣を財務省に返還することは、(債務が消滅したという意味で)植民地政府の義務を解消しただけでなく、納税者の納税義務も解消した。償還は相互に同時に行われる。「債権者」(納税者)と「債務者」(債券を発行した財務省)の関係が解消されると同時に、「債務者」としての納税者が「債権者」としての財務省に税金を支払う義務が解消されるのだ。バランスシート上の4つの勘定科目は、全て同時に消滅する。

紙幣の創造は、徴税に先立って行われた。(政府支出による)紙幣の創造は、論理的に(徴税による)紙幣の償還の前に行われる。実際、硬貨の慢性的な不足を考えると、紙幣が最初に発行されて支出されない限り、植民地居住者が新たな税金を支払うことは不可能だっただろう。さらには、政府が紙幣を支出しないのであれば、新たな税金を課す必要もなかっただろう!

これが示すことは、「償還」の現代の解釈は、通貨の発行者がその通貨を約束された為替相場で金(金本位)や外貨(固定為替相場)で「償還する」ことを約束する状況に適用される、狭い定義に基づいているということだ。 もちろん、そのような約束をする通貨発行者もいる。しかし、より一般的な(そしてより基本的な)約束は、納税義務などの支払い義務を解消する手段として、政府の負債を受け入れる約束だ。この場合でも、主権者は通貨を金や外貨に「償還する」ことを約束することもできる(バージニア植民地は英国硬貨での償還を約束していた)。これは、いくつかの場合に適用される追加の約束と見なすことができ、現在の先進国では稀にしか見られない(ユーロ圏は例外2)。支払いに自国通貨を受け入れるという約束は、「償還」の一般的で実際に普遍的な約束だ。そしてそれは、通貨を「動かす」のに十分な作用をもたらす。

金融上のストックとフローは自国の計算貨幣で表される

金融ストックと金融フローは、自国の計算貨幣で表される。労働において、従業員は貨幣で表される賃金のフローを稼ぎ、実質的に雇用主への金銭的債権を蓄積している(第6章を参照)。給料日には、雇用主は労働者の銀行口座への電子送金(これは雇用主が口座を持つ銀行の負債だ)を介して賃金の支払いを行うことにより義務を解消する。繰り返しになるが、これは自国の計算貨幣で表されている。必要に応じて労働者はその銀行預金を引き出し、政府の通貨(政府の負債)を受け取ることができる。

消費に回されなかった可処分所得は、貯蓄のフローを表し、資産のストックとして蓄積される。この場合、貯蓄は銀行預金、つまり金融資産として保持される。これらの通貨のストックとフローは、概念的には会計科目にすぎず、計算貨幣で測定される。インターネットに接続されたコンピューターを使用して全ての支払いが電子送金を通じて行われ、硬貨や紙幣、小切手が廃止される状況は容易に想像できる。全ての金融資産は、紙を使用せずに同様に会計処理できる。

第5章では、ストック(資産など)とフロー(所得・支出・貯蓄など)の定義、およびそれらの関係を慎重に調べた。

スタジアムの電光掲示板のような金融システム

現代の金融システムは、精巧な記録システムと見なすことができる。それは、資本主義経済を舞台にした人生ゲームにおいて、金融上の記録をしているのだ。金融上の記録は、スポーツにおける電光掲示板と比較することができる。チームが得点を入れれば、公式記録員が得点をつけ、電光掲示板にそれが表示されるようにLEDが発光する。試合が進むにつれて、各チームの合計ポイントが調整される。得点には実際の物理的な存在はない。 試合のルールに従って各チームの得点を反映するだけだ。最も多くの得点を獲得したチームは「勝者」と見なされ、おそらく名声や賞金で報われるが、得点には何も「裏付け」がない。さらに、反則が起これば、適切なルールに従って、審判による審査の後に得点が奪われるかもしれない。奪われた得点は実際にはどこにも行かない。記録員が得点を引き、消えるだけである。

同様に、人生ゲームでは、稼いだ所得は、金融機関が保持する「記録」において貸方の「得点」につながる。スポーツとは異なり、人生ゲームの各プレーヤーに与えられる全ての「得点」は、他のプレーヤーの「記録」から、資産を減らすか負債を増やして、差し引かれたものである。人生ゲームの会計係は、金融会計が常に貸借関係を保つように非常に注意している。賃金の支払いは、銀行における雇用主の「記録」では借方、従業員の「記録」では貸方につながるが、同時に賃金の支払いは、賃金を支払うという雇用主の暗黙の義務と、従業員が持つ賃金の法的債権を消滅させる。よって、人生ゲームはサッカーの試合よりも少し複雑だが、「貨幣で記録することは、得点で記録することに似ている」と考えれば、貨幣は「モノ」ではなく、 むしろ全ての借方・貸方や「得点」を記録する計算単位であると、理解し易くなる。

(政府が通貨を現実世界に支出することを介した)通貨発行政府の「記録」について考える時、「政府が資金を使い果たす可能性がある」と言うことはできない。それは、「選手がスコアボードに表示させる得点を使い果たしたため、ゲームは予定された時間より早く終了しなければならない」と言うようなものだ。このことは後の章でも扱うつもりだ。

9.3 変動相場制 vs 固定相場制

為替相場は、外国為替市場において通貨Aを購入するには、どれくらいの通貨Bが必要かということを表したものである。このことについては、第24章で詳しく説明する。政府は、外国為替市場が決定する価値(変動相場制)で通貨を自由に交換することを許可できるし、国家間の協定の下で交換価値の管理を試みる(固定相場制)こともできる。これら2つの方法の違いは、選択できる経済政策の違いを生み出す。この説では、少しそのことについて考えてみたい。

前節では、要求に応じて通貨を貴金属やその他の物に変換することを、約束していない政府の事例を扱った。5ドル紙幣を米国財務省に渡すと、納税を行えたり、合計5ドルになる複数の紙幣や硬貨と交換できたりするが、米国政府はそれを他のものに交換することはしない。さらに、米国政府は、他の通貨に対して米ドルを特定の為替相場で維持することを約束していない。これはほとんどの国にとって典型的な事例だ。

この教科書のほとんどは、他の通貨に対して変動為替相場であり、固定相場で他の通貨に交換することができない、主権通貨を扱っている。そのような通貨の例には、米ドル、豪ドル、カナダ・ドル、英ポンド、日本円、トルコ・リラ、メキシコ・ペソ、アルゼンチン・ペソなどがある。

さて、固定為替相場と変動為替レートはどう違うのだろうか。また、この違いは何を意味するのだろうか。

金本位制と固定相場制

1世紀ほど前、多くの国は金本位制で運営されていた。この制度下では、国家は通貨を金に交換することを約束するだけでなく、この交換を固定為替で行うことも約束した。固定相場制の例の1つを見てみると、アメリカ政府はかつて、35ドルを1オンスの金と交換することを約束していた。長年、これは実際に米国の公式な為替相場だった。他の国も固定相場制を採用し、通貨の価値を金に、そして第二次世界大戦後は米ドルに固定していた。例えば、ブレトンウッズ体制として知られる戦後システムの開始時、公式の為替相場は1ドルあたり0.2481ポンドだった(1945年12月27日)。これは、1ポンドが約4ドルに交換できることを意味する。その体制下のその他の通貨も米ドルに対して固定されているため、全ての通貨が相互に固定されていることになる。よって、1945年12月27日、119.1フランス・フランは1ドルに、1ポンドは480フランス・フランに交換できた。第24章では、為替相場を解釈し、様々な平価を計算する方法を学習する。

固定相場制において通貨と交換するものを用意するために、それぞれの国は外国通貨(あるいは金)の準備を蓄えていた。もし多くのポンドがドルとの交換を目的として、イギリスに(例えば、外国の中央銀行などからイングランド銀行に)送られてきたならば、英国の外貨(主にドル)の準備は即座に枯渇するだろう。外国通貨の準備が枯渇することを防ぐための戦略は存在したが、魅力的な戦略ではなかった。それは以下のような戦略である。(a)ドルに対するポンドの価値を変化させる、すなわちポンドの価値を減らす。(b)外国通貨を借りる。(c)資本投資を引き付けるために、国内経済を高金利にし、財政支出を削減して、デフレを容認する。

この固定相場制下では、輸入超過(輸出が輸入より少ない状態)になった国々は常に、決められた固定相場を保つことに苦労した。なぜなら、外国為替市場において、全ての外貨に対して自国通貨が相対的に供給超過になるにつれ、貿易赤字は膨大になっていくからだ。これは、ある国が輸出品を販売する場合、外国の買い手は自分たちの国の通貨と引き換えにその国の通貨を供給しなければならず、また、ある国が輸入品を購入する場合、ある国は輸入元の国の通貨と引き換えに自国通貨を供給しなければならないことが原因だ。したがって、貿易赤字は、外国為替市場における赤字国の通貨を過剰供給にし、その価値(為替相場)を押し下げる。為替相場の下落を阻止するために、中央銀行は外貨のストックを使用して外国為替市場で自国通貨を買い取る必要があり、これにより過剰供給が解消される。しかしながら、慢性的な貿易赤字を抱えている国々は遅かれ早かれ、外貨準備を使い果たしてしまう。結果的に、これらの圧力によりブレトンウッズ体制の実行可能性は損なわれ、1971年8月に崩壊した。

この固定相場制において、輸入超過(輸出が輸入より少ない状態)になった国々は常に、固定相場を保つことに苦労した。なぜなら、外国為替市場における、全てのその他の通貨に対する相対的な自国通貨の供給量の超過として、貿易赤字は明確になるからだ。なぜかと言うと、国内業者が輸出した時、外国の購入者は相手国の通貨を手に入れるため自国の貨幣を手放し、反対に、国内業者が輸入した時、相手国の通貨を手に入れるため自国の通貨を手放すからである。したがって、輸入をする当事国では、自国の通貨の供給量が他国の通貨に対して増える。またそれによって、自国通貨の価値は下落する。外国為替市場における下落を止めるためには、自国通貨の供給過剰をなくすために、中央銀行は外国通貨を売ることによって自国通貨を買うことが必要とされる。しかし、慢性的な輸入超過の場合、外貨準備の不足がいずれ起きる。この圧力は、ブレトン・ウッズ体制の余命を縮め、そして1971年に崩壊に追いやった。

変動相場制

1971年8月、ニクソン米国大統領は、米国政府が合意された相場で米ドルを金に変換することを確保し続けることができなくなったため、米国の固定相場制への参加を放棄した。多くの国がこれに追随した。つまり各国政府は、自国通貨と別の通貨(または金)を固定相場で交換することを約束しなくなった。その結果、通貨の相対価値が変動すること、つまり、外国為替市場の需要と供給に応じて時間ごとに決定されるようになった。

現在、民間銀行や国際空港のキオスクでは、変動通貨を含むほとんどの通貨が他の主要な通貨に簡単に変換できる。通貨の交換は、国際市場で設定された現行の為替相場(から手数料を差し引いたもの)で実行される。これらの為替相場は、(対象の通貨を取得しようとする人々による)需要と(他の通貨と引き換えに対象の通貨を提供しようとする人々による)供給に一致するように毎日、または毎分変動する。

変動相場制における為替相場の決定は非常に複雑だ。米ドルの国際的な価値は、例えば、米国の資産に対する需要、米国の貿易収支、他国の金利と比べた場合の米国の金利の高さ、米国のインフレ率、他国の成長率と比べた場合の米国の成長率などの要因から影響を受ける可能性がある。為替相場の変動には非常に多くの要因が関係しているため、それを確実に予測できる統計モデルはまだ開発されていない。

しかし、我々の分析にとって重要なのは、変動相場制下の政府は、自国通貨を固定相場で外貨に交換しないという単純な理由によって、外貨準備(または金準備)の枯渇を恐れる必要がないということだ。実際、政府はあらゆる交換を約束する必要が全くない。事実、変動相場制下の政府は外貨準備を保有しており、金融機関へ便宜を図るために通貨交換サービスを提供している。だがその交換は、為替相場を特定の水準に維持するのではなく、現行の市場の相場で行われている。

政府は、為替相場を希望の方向へ調整するために、為替市場に介入する。彼らはまた、為替相場に影響を与える目的で(第20章で議論されているような金融・財政政策を含む)マクロ経済政策を実施する。これは機能する時もあれば、機能しない時もある。重要なのは、変動相場制下の為替相場に影響を与える試みは裁量的であるということだ。逆に固定相場制では、政府は固定相場を維持するために政策を実施しなければならない。

変動相場制によって政府は、完全雇用の維持、十分な経済成長、物価の安定など、「固定相場の維持」以外の政策目標を追求する自由が大きくなる。それがどのように行われるかについては、後の章で説明する。

9.4 自国通貨で表された負債:政府と非政府

前節では、資産と負債は、中央政府によって選択され、課税メカニズムを通じて力を与えられる、計算貨幣によって表されることに注目した。変動相場制では、政府自身の負債(通貨)は、政府によって貴金属や外貨へ交換してもらえない。代わりに政府は、(納税だけでなく手数料と罰金も含む)政府自身に対する支払いで負債を受け入れることを約束している。これは、必要かつ基本的な約束だ。負債の発行者は、自身に対する支払いでその負債を受け入れなければならない。政府が納税で自身の負債を受け入れることに同意する限り、政府の負債への(少なくとも納税、そしておそらく他の用途に使うための)需要が存在し続ける。

同様に、民間の負債発行者も自分の負債を受け入れることを約束している。例えば、もしあなたが銀行から借り入れている場合、自分の銀行預金口座で小切手を書くことで、借入金の元本と利息をいつでも支払うことができる。実際、現代の全ての銀行システムは、各銀行が国内全ての銀行で振り出された小切手を受け入れるように、小切手決済機能を持っている。これにより、国内銀行に債務を抱える人は誰でも、あらゆる国内銀行宛てに振り出された小切手を、負債を支払うために使うことができる。その時、銀行間決済をするために、小切手決済機能が作動する。この話題については、第20章で詳しく説明する。重要な点は、政府が自らの課した負債の支払い(納税)で自らの負債(通貨)を受け入れるように、銀行は顧客の負債の支払い(銀行から受けた借入の返済)で自身の負債(預金宛に振り出される小切手)を受け入れるということだ。

レバレッジ

ただし、政府と銀行には大きな違いが1つある。銀行は自らの負債を何かと交換することを約束する。あなたは通貨での支払いのために銀行へ小切手を提示できる(それは「小切手の現金化」と呼ばれているものだ)。あるいは、あなたは自分の銀行口座の1つから現金自動預け払い機(ATM)で現金を引き出すことができる。いずれの場合も、銀行の負債は政府の負債に交換されている。通常、銀行はこれらの交換を(通常の小切手口座である「要求払預金」の場合)「要求に応じて」、または(たいてい即時の引き出しに制限・ペナルティが課されている、貯蓄口座やCDと略される譲渡性預金も含む「定期預金」の場合)指定された期間の経過後に行うことを約束する。

銀行は要求に応じて交換することを約束しているため、通貨の準備を保有するか、それを迅速に利用できる体制を整える必要がある。それらの準備は、金庫の現金や中央銀行における預金の形を取る。注目すべきは、彼らは、短期では預金総額のごく一部しか償還(引き出し)が起こらないと知っているため、預金に対してわずかな準備を保有するだけで良いということだ。

預金に対する準備の割合は、準備率と呼ばれる。我々は、預金は準備をレバレッジしていると考えることができる。例えば米国では、銀行預金に対する準備率は約1%だ。つまり、レバレッジ率は100対1だ。

銀行は、要求に応じた交換を処理するため金庫に比較的少量の通貨を保有しているが、ほとんどの準備は中央銀行の預金の形を取っている。より多くの通貨を必要ならば、彼らは中央銀行に希望の紙幣と硬貨の枚数を伝え、装甲トラックで送るよう頼む。ここでの目的上、銀行の準備(中央銀行の預金)は金庫の現金と同等だ。なぜならそれは、現金引き出しに対応するために即座に通貨へ変換できるからだ。銀行の金庫に保管されている現金と中央銀行に保管されている準備預金の間に機能的な違いはない。同様に、満期までの時間がゼロの政府債務も、通貨として含めることができる。

銀行は、多くの金庫の現金や準備を保有することを好まず、また、平時ではそもそもそうする必要がない。店舗内に多額の現金を保持すると強盗の格好の餌食になることも問題だが、通貨を保有するのに費用がかかることが、保有を最小限に抑える主な理由だ。最も分かりやすい費用は、保管庫と警備員を雇う費用だ。しかし、銀行にとってより重要なのは、準備を保有しても多くの利益を得られないことだ。銀行はむしろ貸付金を資産として保有するだろう。なぜなら、債務者が借入金の利子を支払うからだ。このため、銀行はレバレッジ比率が高く、資産のごく一部を預金負債に対する準備として保有している。預金を現金に変換しようとする預金者がごく一部しかいない限り、これは問題ではありません。ただし、取り付け騒ぎが起きた場合(多数の顧客が一斉に預金を現金に交換しようとする場合)、銀行は中央銀行から通貨を取得する必要がある。これは、取り付け騒ぎに直面している銀行に準備を貸し付ける、中央銀行による最後の貸し手にさえ繋がる。これらは、第23章で扱う問題だ。

勘定の清算は負債を消滅させる

銀行が準備を保有する理由は他にもある。あなたが料金を支払うために自分の銀行口座宛に小切手を書くと、小切手の受取人は自分の銀行(おそらくあなたのとは違う銀行)にそれを預けるだろう。そして、小切手を預かった銀行は支払いのために、あなたの銀行に小切手を提示するだろう。これは「勘定の清算」と呼ばれる。銀行は政府の負債を使用して勘定を清算する。それを行うために、銀行は中央銀行に準備預金を保持しているのだ。さらに重要なことは、彼らは、銀行間取引市場で他の銀行から借り入れるか、中央銀行から借り入れることで、必要に応じてさらなる準備を利用できるということだ。あらゆる現代の金融システムは、銀行間および預金者間で勘定を清算するために、銀行が必要に応じて通貨と準備を取得できるようにする手続きを備えている。中央銀行は、特定の日に準備が不足している場合、十分な準備量を銀行に提供する義務がある。

国内銀行Aは、国内銀行Bで引き出された小切手を受け取ると、国内銀行Bの準備を引き落としてそれを自身に振り込むよう、中央銀行に要求する。これは現在、電子的に処理されている。注目すべきことに、銀行Bの(準備が引き落とされることによって)資産が減少する一方、銀行Bの負債(小切手預金)も同じ額だけ減少している。同様に、預金者がATMを使用して通貨を引き出すと、銀行の資産(現金準備)が減ると同時に、預金者に対する負債(預金口座の負債)も同額減少する。

銀行以外の事業体は、銀行負債を使用して自分の勘定を清算している。例えば、小売業者は通常、指定された期間(米国では通常30日)の経過後に料金を支払う契約をし、卸売業者から製品を受け取る。卸売業者は、小売業者が期間の終わりに卸売業者へ小切手や電子送金で料金を支払うまで、これらの債権を保有する。この時点で、卸売業者が保持していた小売業者に対する債権は消滅する。

あるいは、卸売業者は、支払い期間の終わりまで待つことを望まないかもしれない。この場合、卸売業者は(期間の終わりに小売業者が支払うと約束した額面価格よりも小さい金額で)小売業者の負債を割り引いて売却できる。割引は事実上、約束よりも早く資金を得たいという卸売業者の意思を表す、利子である。小売業者は実質的に利子を獲得する(その利子の額は、負債の額と負債を消滅させるために卸売業者に支払われた額との差である)。繰り返しになるが、小売業者の負債は、銀行負債を提供することによって消滅する(その時、小売業者の負債の所有者は、自分の銀行口座に振り込みを受ける)。第23章で説明するように、割引は商業銀行の決済とその金利、それら両方の基本だ。

通貨ピラミッド

もう1つの重要な点は、民間の金融負債は政府の計算貨幣で表されているだけでなく、最終的に政府の通貨に変換できるということだ。先ほど説明したように、銀行は自らの負債を通貨と(要求払預金の場合は即座に、定期預金の場合は一定の期間が経過した後に)交換することを明示的に約束している。銀行以外の民間企業のほとんどは、銀行負債を使用して自分の勘定を清算する。本質的にこれは、彼らが指定された日に(または契約で定められたその他の条件に従って)「小切手で支払う」ことで、自らの負債を銀行負債に交換することを約束していることを意味する。よって支払いを行うには、彼らは銀行に預金を保有するか、預金を利用できる状態でいなければならない。

世の中には支払いサービスを提供する金融機関(および金融サービスを提供する非金融機関さえ)が広範に存在するため、現実はこれよりさらに複雑な可能性がある。それらの組織は、これらの「ノンバンク(訳注:銀行以外の)金融機関」の間での、銀行の負債が使用される正味の決済で、他の企業の支払いを行うことができる。銀行は、政府負債を使用して勘定を清算する。したがって、勘定の清算に関わる債権者と債務者の間には、「6つの隔たり」(何層もの金融レバレッジ)が存在している可能性がある。

我々は、中央銀行からの隔たりの度合いを表現している様々な層を持つ、負債のピラミッドを思い浮かべることができる。おそらくその最下層は、家計の負債で構成されている。それは、他の家計、生産に従事している企業、銀行、および他の金融機関が所有されている。重要なのは、家計は一般的に、債務ピラミッドにおいて自分より上に位置する者(通常は金融機関)が発行した負債を使用して勘定を清算するということだ。

下から2番目の層は、主に負債ピラミッドの上位に位置する金融機関に保有されている(一部は家計や他の生産企業が直接保有されている)、生産に従事している企業の負債で構成されている。それらの企業のほとんどは、金融機関(時々、シャドーバンク)が発行する負債を使用して勘定を清算する。

さらに1つ上の階層にはノンバンク金融機関があり、彼らはピラミッドにおいて自身より高い位置にある銀行の負債を使用して勘定を清算する。銀行は、政府の負債を使用して正味清算を行う。

最後に、政府がピラミッドの頂点に位置している。何の交換の約束も必要ない負債より上位の負債など無い。このようなピラミッドを想像することは、2つの理由から有益だ。第一にそれは、ピラミッドの上位者が発行する負債が一般的に受け入れられるという、階層的な決まりが存在していることを捉えている。いくつかの点で、政府の負債には信用リスクがないため、ピラミッドの上位の負債ほど信用度が高い。確固とした規則ではないが、銀行負債、ノンバンク業者の負債、そして最終的には家計の負債へとピラミッドを下るにつれて、リスクは上昇する傾向がある。第二に、各階層の負債は通常、自身より高い階層の負債をレバレッジする。この意味で、ピラミッド全体は(比較的少量の)政府負債をレバレッジすることに基づいている。これは、次の節で説明する概念だ。

図9.1は、レバレッジの概念を視覚的に表現する、(ハイマンミンスキーとダンカンフォーリーによって開発され、ステファニー・ベルによって拡張された概念による)「ピラミッド」を示している。ピラミッドの最上位にあるのは、これをマネタリーベースと呼ばれる政府負債であり、中央銀行の預金や発行済み通貨(紙幣・硬貨)で保有されている、全ての銀行準備の合計である。ピラミッドの最下層には、他の全ての金融負債が含まれる(これらには、非金融事業体の負債と家計の負債も含まれる)。

図9.1 ミンスキー・フォーリー・ピラミッド

9.5 「貨幣」という用語の使用:混乱と正確さ

この章を締めくくる前に、我々の「貨幣」という用語の使用の仕方と、よく見られる使用のされ方を簡単に区別する。 「貨幣」や「お金」という単語は、「この仕事はどれくらいのお金がもらえますか」と尋ねる時のように、しばしば所得を指すために日常的に使用される。第5章で説明したように、所得は名目、つまり計算貨幣で測定されるフローだ。本書は、フローとストックを常に慎重に区別し、「所得」の代わりに「貨幣」という用語を使用しない。

「貨幣」という用語はまた、銀行の要求払預金や政府の通貨負債といった、特定の負債を示すためにしばしば使用される。実際、上記で説明したように、全ての金融負債は計算貨幣で表されている。したがって、これらの「貨幣」のいくつかを呼び出して、その他を除外するのはかなり恣意的だ。さらに、話し手は、一般的な貨幣で表された負債を参照するために「貨幣」という用語を使用するたびに、「貨幣」として含まれているもののリスト、または除外されているもののリストを提供しなければならない。さもなければ、話し手が何を言おうとしているのかを確かめることはできない。

本書全体を通じて我々は、計算貨幣(例えば、米ドルまたはオーストラリア・ドル)と特定の貨幣で表された負債(例えば、銀行が発行した要求払預金や政府が発行した通貨)とを慎重に区別するつもりだ。「貨幣」という用語は、政府が納税義務と自らへの支払いを指定するために選択した会計単位、つまり米国とオーストラリアの両方のドルのことを指している。

既に議論したように、貨幣は物理的な存在ではなく、サッカーの試合で記録される「得点」のように、負債と信用を追跡できる単位だ。サッカーの得点がゴール数によって表されているように、硬貨はドル(またはセント)で表されている。サッカーにおけるゴールは(選手が特定のエリアにボールを蹴るという)物理的な形をしているが、ゴールの「計算」に使用される得点には物理的な存在がない。同様に、政府によって発行された10ドル紙幣には物理的な形(インクで刻印された紙)をしているが、政府によって決められた、「計算」を行う10ドルはそうではない。紙幣は、政府の負債を記録したものだと考えることができる。さて、政府はあなたに何を借りているのだろうか。それは、あなたが政府の負債である10ドルという「記録」を使用して、10ドルの納税義務を免除する権利である。

結論

本章は、政府が自国通貨を発行している、主権貨幣システムの特性を定義・検証した。

今日(そして歴史を振り返っても)の世界のほとんどの国はそれぞれが自国通貨を採用している。なぜならこれは、国家の独立と財政主権に結びついているからだ。また我々は、なぜ変動相場制が一般に、最大限の財政・金融政策の余地を提供するのかについても説明した。対照的に、為替相場を外貨や金に固定すると、一般に政策の余地が減り、要求に応じて通貨を交換するという約束を政府が履行しなくなる可能性が生じる。多くの人々は、価値のある何か(金・外貨)で通貨を「裏づけ」する必要があると考えているが、本章では「税金(またはその他の国民の支払い義務)が貨幣を動かす」という概念を紹介した。言い換えれば、市民が税金を支払うために政府の通貨を必要とするならば、それはその通貨が受け入れられるのを保証するのに十分な状況だ。

最後に、政府通貨の「レバレッジ」の概念について議論した。民間の負債と信用は、政府の計算貨幣で表されている(それは、通貨の額を表している計算貨幣と同じものである)。これらの民間債務の一部(特に銀行要求払預金)は、要求に応じて政府の通貨に交換可能だ。これらは、政府の通貨を使用して「清算」される。その他の種類の民間債務は、銀行負債を使用して清算される。このことは、「ピラミッド」という概念を導出する。そこでは、政府の負債が最上位の負債であり、ピラミッドの下位の負債によって「レバレッジ」されている。

出典

Grubb, F. (2015) “Colonial Virginia’s Paper Money Regime, 1755–1774: A Forensic Accounting Reconstruction of the Data”, Working paper No. 2015-11. Available at: http://lerner.udel.edu/sites/default/files/ECON/PDFs/RePEc/dlw/WorkingPapers/2015/UDWP2015-11.pdf, accessed 16 May 2017.

Smith, A. (1937[1776]) The Wealth of Nations, 5th edn, London: Methuen. Available at: http://www.econlib.org/library/ Smith/smWNCover.html, accessed 4 April 2017.

後注

1. 納税は労働者の金融資産を減らす。なぜなら、彼らの銀行口座から納税分が引かれるからだ。同時に、税金が支払われると政府の資産(労働者が負っている納税義務)が消滅し、政府の負債(民間銀行が保有する銀行準備)も消滅する。これは支払いシステムの実行例であり、第20章で詳しく分析する。

2. ユーロ加盟国は、ユーロ建て通貨および債券を発行する。これらは、欧州中央銀行の負債に交換できる。