MACROECONOMICS

第 23 章 主権国家における金融政策

目次

学習目標

  • • 中央銀行による金融目標ではなく、金利に関する論争を見直す。
  • • 様々な金利設定の取り決めの下での流動性管理の性質を分析するために、必要な知識を身につける。
  • • 金融政策の変化がどのように波及し、マクロ経済に影響を与えるかを理解する。
  • • 中央銀行の独立性がいくらか制限されていることを認識する。

23.1 はじめに

第20章では金融・財政政策について説明した。中央銀行は、徴税、国債の売買、さらには政府支出にも携わっている。これらの財政業務は必然的に、銀行制度システムに影響を与える。それゆえ中央銀行は、目標金利の達成を確保するために、財務省と業務を緊密に調整して銀行準備の変動を最小化する。この調整に関する説明を通して、中央銀行によるこれらの実際の業務を理解する上で、MMTは多大な貢献をしてくれた。

第21章では、財務省による自由裁量的な財政政策の利点に関する議論を検証した。そこでは、「貨幣発行によって資金調達された拡張的財政政策はインフレを加速させ、債務発行によって資金調達されたそれは民間部門の支出のクラウディングアウトを引き起こす」という主張がMMTによって拒否された。また「民間部門と同様に、財務省も赤字・債務の力学から害を被る」という主張も第22章において否定した。また同時に、通貨発行のできる主権政府は、自国通貨建て債務であれば常に返済可能であることも示した。

マクロ経済に関するこの4つの章における第一の目的は、これまでの近代的銀行業務に関する議論を短く要約することである。同時に、多くの中央銀行が、目標をマネーサプライではなく金利に切り替えていることを分析する。その時、流動性管理、すなわち、異なる制度的設定を考慮によって目標金利の達成を確保する中央銀行の業務に関する、我々の理解を検証するつもりだ。我々は、1970年代以降の先進国で支配的な焦点となった、主権政府による金融政策の管理について検証するつもりだ。その時、金融政策をさらに緩和する能力が限られている際、いくつかの中央銀行が慣習的でない金融政策の採用することを、検証・評価するつもりだ。

また、1993年中盤から導入されたインフレ目標を参照しながら、オーストラリアにおける失業とインフレの結果を手短に検証する。同時に、金融政策を主要なマクロ経済政策の道具として採用することの利益と不利益を評価する。

さらに、中央銀行の独立性の本質、及びこれに続いて、垂直派と水平派の議論の統合を検証する。

23.2 近代的な銀行業務

民間部門の負債(借入金)は自国通貨で計算されている。同様に、民間の負債発行者は、自分が発行した負債を受け取る約束もしている。例えば、もし家計が銀行から借り入れた場合、家計はいつでも銀行の預金口座を使用した小切手を発行することによって元本・利子を支払うことができる。このケースでは、銀行は自分に対する支払い手段として、自らが発行した負債を受け入れていることになる。同様に政府も、自分への支払い(納税)手段として、自らが発行した負債(通貨)を受け入れている。

実際、国内のそれぞれの銀行が、他の銀行が発行した小切手を受け取ることができるように、近代的な貨幣制度は手形交換所を備えている。これにより、国内銀行に債務を抱える人は誰でも、国内の他の銀行宛に書かれた小切手を、返済のために使用することができる。その時、手形交換所は銀行間の口座の振替を行う。銀行は、政府の負債を使用して口座を清算する。そのため銀行は、金庫にいくらか通貨を蓄えるか、より重要な方法として、準備預金を中央銀行に保持している。

第10章で留意したように、あらゆる近代金融制度は、ある銀行が他の銀行や中央銀行から(銀行間取引市場を通して)通貨と準備を調達すること可能にする、決済制度を発展させている。この資金調達により彼らは、自身と預金者との間の口座を清算することができる。

また銀行は、金庫に保有する現金の量を最小化しようと試みている。そうする理由は、セキュリティー面だけにあるのではない。彼らが貸出を行って金利収入を得ることを好むことにも理由があるのだ。それゆえ彼らは、自らの通貨準備をレバレッジし、準備という形の資産をほんの少ししか保有しようとしない。特定の日に、口座所有者のごく一部しか預金を現金に交換していない限り、これは問題ない。しかし、取り付け騒ぎ(多くの顧客が多額の預金を現金に交換しようと銀行に殺到する現象)が起きた時は、銀行は中央銀行から通貨を調達しなければならなくなるだろう。

このことは、取り付け騒ぎに遭遇した銀行に通貨準備を貸し出す際、中央銀行による最後の貸し手としての行為にさえ繋がる。このような介入をする時、中央銀行は、自らの負債と銀行の負債を交換する形で、銀行に通貨準備を貸し出す。そうすることで、銀行は中央銀行から準備(銀行にとって資産)を手に入れ、中央銀行は銀行の負債を資産として保有することになる。銀行から現金が引き出されると、中央銀行の準備が引き落とされ、銀行は引き出した預金者の口座残高を同額引き落とす。その時、現金は、中央銀行に対する銀行の負債によって相殺される中央銀行の負債として、顧客に保有される。

23.3 金利目標 vs 貨幣目標

1960年代以降の長い間、マネーサプライを操作する中央銀行の能力に焦点を当てたマネタリストの考え方は、政策立案者たちに影響を与えてきた。かつて、主流派(正統派)経済学者たちは、「中央銀行は、民間の貨幣創造(信用創造)を操作する手段として、量的な制限をかけることができる」と主張していた。アメリカ、イギリス、カナダ、ドイツ、オーストラリを含む多くの国の中央銀行は、1970年だから1980年代まで、マネーサプライを指標として貨幣の総計の目標を設定していた。なぜなら、貨幣数量説を通じて、長期的にはマネーサプライの成長がインフレ率を決定すると想定されていたからだ。しかし、1980年代の中頃になり、各国の中央銀行は、自らの能力ではマネーサプライは操作できないと気付き、マネタリストの基本となる考え方を放棄した。

現在、中央銀行は、貨幣の値段を設定できるだけである(一般的に翌日物金利)ということを悟り、貨幣の統計の成長に対して僅かな注意しか払っていない。彼らは、準備の量、民間による貨幣創造の量、すなわちマネーサプライに対して間接的な影響力しか持っていない。

備忘録

信用創造の過程に関する対照的な考え方と、内生的貨幣供給を見直したい方は、第10章を参照してほしい。

中央銀行が貨幣の総計を目標にすることをやめたのにも関わらず、中央銀行による目標金利の設定という金融政策は、マクロ経済政策の第一の手段として引き続き使用されているし、未だにインフレ率の操作を目的として設計されている。しかし、「銀行間取引金利の自由裁量的な目標設定が、どのように金融政策において有効にインフレ目標を達成するのか」はめったに説明されない。せいぜい、金利の変化が支出に影響を与え、インフレの過程に影響を与えるだろうと説明されるだけだ。

財政政策を差し置いて、金融政策が重要な政策と考えられるようになったのは、1970年代の初頭にインフレ理論として支配的になった、フィリップス曲線から生じた命題を反映している。財政政策は、インフレを招いて失業率を低くする手段であると非難された。完全雇用と対立するものとして、低く安定したインフレ率がマクロ経済政策の主な目標となった。それは、「低く安定したインフレ率が達成されれば、民間部門の支出計画は予期せぬインフレ率の変化によって毀損されなくなるため、民間部門の支出と雇用に最も良い恩恵がもたらされる」という人々の思い込みを反映している。加えて、金融政策の策定を任された独立した主体の方がより良い決定を下すことができるという前提も存在していた。

いくつかの中央銀行は、インフレ目標を達成する任務を負わされた。例えば、2018年、イングランド銀行は年間2%のインフレ率を達成する任務を負わされた。一方でオーストラリア準備銀行は、目標範囲というものを採用し、年間のオーストラリアのインフレ率を2~3%の範囲に収めることを要求された。アメリカの連邦準備銀行はインフレ目標の達成を強制されてはいないが、2016には長期的な政策目標と金融政策の戦略を表明した。連邦公開市場委員会(Federal Open Market Committee , FOMC)は、2%のCPIインフレ目標が「法定要求準備を長期的に運営する上で最も適している」と表明している(FOMC,2016)。

中央銀行は、インフレの操作に加えて、政策的な目標を達成する主体としても捉えられている。例えばアメリカの連邦公開市場委員会は、「最大の雇用、安定した物価、適度な長期金利を促進する議会の法律を満たすことをはっきりと約束し」ており、また、「連邦公開市場委員会の関係者が推定した通常の長期的な失業率の中央値は4.9%である」と表明している(FOMC, 2016)。また、イングランド銀行は「経済成長や雇用を含む政府の経済政策の目標を支援」しなければならないことになっている(Bank of England, 2016)。オーストラリア準備銀行は「オーストラリアにおける完全雇用の維持」を援助し、さらに一般的には「オーストラリア人の経済的繁栄と福利厚生」まで支援しなければならないとされている(Reserve Bank Act, 1959)。

適度な資産価格の上昇という第三の政策目標も時々言及されるが、正式には認識されていない。実際、他の中央銀行と同じようにアメリカの連邦準備銀行も、考慮することを義務づけられていない資産価格について、公の場で発言することを避けている。さらに、中央銀行が資産価格の上昇を抑制するように運営されていると見なされれば、特に資産価格の上昇に関心を持つ人々の間で、政治的論争を引き起こしかねない。

多くの先進国における中央銀行は、毎月、銀行間取引金利の目標値を設定する。その水準は、独立した機関が広範な政策的優先順位に鑑みて決定したものである。

銀行による準備に対する需要は非弾力的である。そのため、中央銀行による協調的な行動は一般的に、翌日物金利が目標値に向かって素早く動くので、目標金利の変更の表明に従うことを要求されていない。

最後の貸し手と金融の安定性

危機の際、中央銀行によって担われる重要な役割は、金融機関が要求する準備を提供する、最後の貸し手としての役割である。もともとこれは、銀行の取り付け騒ぎを止めるために考案されたものである。世界金融危機が発生した時、銀行は、顧客が満期の負債の支払いを望んでいたため、借り換えをすることができなかった。その時、世界中の中央銀行は借り換えを提供し、金融制度を崩壊から防いだ。中央銀行は、当時の政府に代わって金融システムに対して通貨を提供する、無限大の能力を持っていた。世界金融危機の間、オーストラリア準備銀行もまた、銀行の顧客を安心させるために預金の保証を行なった。世界金融危機の間、アメリカ連邦準備銀行は、米ドルが国際的な外貨準備として保有されていることを考慮し、数兆ドルを外国の民間銀行・中央銀行に貸し出した。本質的に彼らは、ドル建て負債を発行する外国の銀行の取り付け騒ぎを止めるため、世界の最後の貸し手として行動したのである(Felkerson, 2012)。

23.4 流動性管理

はじめに

この節では、この本の前半で紹介した流動性管理(銀行間取引金利の目標値を達成するために中央銀行によって行われる業務)の分析を発展させながら、異なる制度的な手段も考慮するつもりである。

MMTは、中央銀行はマネーサプライ・銀行準備、いずれの水準も操作できないという観点を共有している。代わりに中央銀行は、準備への需要に必ず対応できるとしている。それゆえ、準備の供給は、中央銀行の目標金利に「水平的である」と最もよく特徴付けられる。これは内生的貨幣供給アプローチ、及び水平的準備アプローチと呼ばれるものであり、1970・80年代にムーアとその他のポスト・ケインジアンによって発展させられたものだ(Lavoie, 1984; Moore, 1988)。現代のほとんどの経済学者は、これらの学派の考え方を関心を払うことなく、現在、これが現代の中央銀行の運営手順を正しい表現したものだとしている。

ただし、中央銀行が提供する準備の水平供給に関するそれらの主張は、以下のことを考慮せずに形式化されてしまっている。

• 財政政策の業務

• 翌日物金利の中央銀行の目標値がゼロ近傍になった時の状況。もしくはそれが準備預金に付与される金利と等しくなった時の状況。

政府が支出すれば、最初に銀行システム全体で準備が増加する。なぜなら、政府に財・サービスを提供した人の銀行預金が上昇した後、その人が口座を保有する銀行の準備が増加するからだ。銀行準備に対して支払う金利が目標金利より低く設定されている場合、中央銀行は政府債券(債務)を売却することによって超過準備を排出させる。さもなければ、銀行が他の銀行から準備を借りる時の金利は、市場原理よって下落していってしまう。税収が政府支出額を超え、財政黒字が発生すれば、全体として銀行準備は減少する。よって、それを補うために、中央銀行は公開市場操作を通して国債を購入する必要があるだろう。第20章では、財政政策が実行された状況での中央銀行による流動性管理に関する、単純化した概要を説明した。「準備は、目標金利に基づき弾力的に供給される」という主張の要点は、財政政策を考慮入れても変わることはない。

主流派経済学の教科書における貨幣乗数モデルの論理によれば、中央銀行は、公開市場操作を通した準備の供給によって、マネーサプライを増やすことができる。これにより、部分準備制度、あるいは銀行によって選択される(予測可能な)準備対預金比率に従って信用創造が行われていくという前提に立って、銀行は膨大な貸出をすることができる。しかし、この主流派の主張は、「次の会計期間まで要求準備が変更されないので、銀行が望む量以上の準備の追加は、ただちに銀行間取引金利をゼロに下落させるか、支援金利をゼロ以外にする」と認識していない点で欠陥がある。もし目標金利と支援金利が等しくない場合、正の数の銀行間取引金利の目標を達成する必要性から、中央銀行は、追加されたばかりの超過準備を排出するために国債を売却せざるを得ない。

一方で主流派は、「中央銀行は、準備を減らすことによってマネーサプライを減らすことができる」とも考えている。だが、もし超過準備が無い時にそのような行動が行われた場合、一部の銀行は十分な準備を保有していないだろう。中央銀行には、市場(銀行間取引)金利の目標の維持のために銀行システムへ準備を追加する以外に選択肢がなくなるだろう。

どちらの場合でも、銀行準備とマネーサプライの水準は不変なのである。すなわち中央銀行は、マネーサプライを操作するという表面上の政策目標を達成するための、準備の供給量を自由裁量的に変化せさる権限を持っていない。代わりに、銀行が信用創造によってマネーサプライを増加させると、銀行は希望の(または必要な)準備対預金比率に合わせて準備を調整するため、マネタリーベースの変化が発生する。ここには決して、「準備(マネタリーベース)が信用を変化させる」という因果関係は存在しない。むしろ、「信用が準備を変化させる」のである。それは、中央銀行が融通する、望ましい準備量の変化に繋がる。

様々な金利設定の手段

世界金融危機の直後、アメリカと日本はゼロに近い金利目標を採用し(表23.1)、超過準備は放置した。2015年12月まで、アメリカの銀行間取引金利の目標値は0から0.25%の範囲内で設定された。この場合において、銀行が保有する超過準備が膨大であるにもかかわらず、市場金利はその範囲内にとどまった。2015年12月、アメリカの目標金利の範囲は0.25から0.5%の範囲に上昇し、続いて2016年12月にはさらに0.25%分上昇した。連邦準備銀行は、銀行間取引金利の目標範囲における下限の利率で準備に金利を支払い、上限の利率で銀行に準備を貸し出すことを始めた。これによって、フェデラル・ファンド金利(アメリカにおける翌日物金利)が全体的に目標範囲に収まる状況が確保された。2009年、イングランド銀行は目標金利と支援金利(準備に支払う金利)を0.5%に設定した。それによって同様に、どの銀行も0.5%以下の金利で準備を貸し出そうとしなくなったため、銀行システムの超過準備を放置することができた。この目標金利は2016年8月に0.25%に切り下げられた。

それゆえ、支援金利と等しい正の数の目標金利だったとしても、ほぼゼロの目標金利だったとしても、中央銀行は、金融政策で妥協することなく、超過準備を放置できる。よって、中央銀行は緩和的な役割を演じるように強制されない。しかし、準備の不足は市場金利を目標金利以上にするだろうし、中央銀行に対応を迫るだろう。つまり、準備に対する支払い(あるいは、ゼロ金利政策の採用)は、中央銀行にとって「超過準備は放置できるが、準備の不足は放置できない」という非対称を生む。

表23.1 表23.1

「中央銀行は超過準備に介入することによって民間銀行を主導できる」という認識は、「政策に対して量的アプローチを用いることができるかもしれない」という信条を導いた。つまり、「おそらく中央銀行は、超過準備で銀行を満たすことによって、マネーサプライにおける何らかの(少なくとも上方への)制御を取り戻すかもしれない」と。同時にこれは、金融政策の通常の金利伝達メカニズムと見なされるようになったものを補完するかもしれない。世界金融危機後には既に金利が低かったことを考えると、中央銀行はその後もなお超過準備を提供することによって経済に刺激を与えることができたのだろうか?

その時、「流動性管理に関して中央銀行がある程度の裁量権を持っていることは、準備が預金(すなわちマネーサプライ)を促進することを意味するのか」が重要な疑問となる。答えは「否」である。なぜなら、収益性の高い貸出には、「返済能力がある借り手」と「銀行が十分な利回りを生むのに適切な、貸出金利と借入金利との差」が必要だからだ。十分な準備があるかどうかは、この計算に付随的な影響を与える。

イングランド銀行は、金融システムにおける銀行の役割について大きな譲歩をしており、現在では、「銀行は、信用創造の基礎として預金を使用し、単純に仲介的役割を果たしているだけだ」という意見を否定している(McLeay et al., 2014)。しかし、いくつかの中央銀行は未だに、マネタリーベース(非政府部門が保有する現金と準備)が銀行による信用創造に影響を与えるという見解を持っているように思われる(第23章6節参照)。

23.5 金融政策の手段

波及メカニズム

ここでは、どのようにして「金融政策の変化が波及メカニズムの動作を通じてマクロ経済に影響を与える」と主張されているかを検証する。通常、利回り曲線は、金融政策と金利リスクに関する不確実性によって、右上がりに傾斜している(第10章参照)。では、銀行間取引金利の目標の切り下げについて考えてみよう。利回り曲線は、リスクがない金利の期間構造をグラフ化したものである。そのグラフ上では、横軸に様々な国債の満期を示し、縦軸にはそれぞれの満期の利回りを示している(第10章の図10.1参照)。

その場合、銀行間取引金利(の目標値)の下落は、裁定取引を通して、中長期の満期を持つ国債の金利を下落させるであろう。そして、利回り曲線は右下がりになるだろう。また裁定取引は、民間部門の資産の金利に則って行われる。それゆえ金利政策の変化は、民間の短期金利(例えば、銀行預金の金利)や商業・消費者借入における長期金利に影響を与えるだろう。オーストラリアにおいて、普通これらは目標金利の上昇に合わせて調整される。しかし、目標金利を切り下げた時にも、部分的だが調整される。しかし、もし目標金利の変更が市場において広く待ち望まれているならば、これは全体的な金利に関する期待を反映しているのかもしれない。なので、金利政策の変更を表明した後の利回り曲線の動きは、はっきりとしなくなるかもしれない。

投資は、金利に敏感であると考えられる、総支出の構成要素だ。通常、新規の物理的な資本への投資は借入によって行われる。これらの投資計画は、予想される純利益率が借入金利より高い時だけ着手される。投資計画の建設段階は(数年まで行かないとしても)数ヶ月は続くだろうし、生産・販売が行われるまで利益は生まれないだろう。よって、ここには長期金利が関係してくる。他の条件が全て同じならば、金利の切り下げに伴う追加的な支出に合わせて、十分な利回りを生むと期待される投資計画が増えるだろう。利益への期待に基づく、不確実な将来への長期的な期待は、極めて不安定である。そして、自信も反映している。したがって、借入金利における0.25%や0.5%の切り下げが投資支出に良い影響を与えるだろうと判断する確証は、どこにも無い。加えて、2019年に発生する投資の水準は、過去数ヶ月間の計画立案の結果だろうし、微妙な短期金利の変化に敏感になる可能性が低い。

耐久消費財(例えば、車、家、白物家電および家電)への支出は、よく借入によって賄われる。なのでまた、借入費用と貸出能力も、支出に関するこれらの決定に関係している。不確実な経済環境では、今後数年間の雇用安定性も、返済能力について考える上で考慮すべき重要な要素となるだろう。住宅ローン金利の下落は、定期的な住宅ローンの支払いを減らすだろう。それは、さらに高い支出を可能にするか、貯蓄を増やすか、住宅ローンの早期の完済を可能にするだろう。

(目標金利の変化に伴う)長期金利の小さな変化は、支出にほとんど影響を与えないかもしれないが、長期金利の止めどない高騰は最終的に、金利に敏感な国内支出を減少させるだろう。

長期金利の小さな変化は支出に小さな影響しか与えないであろう。しかし、それにも関わらず、どんどん上昇していく金利は最終的に、金利に敏感に反応する支出を減らす。

それゆえ、総支出に対して、そして間接的にインフレプロセスに対して影響を与えるための金融政策への依存は、非常に問題がある。本章7節では、インフレと失業の結果に関するオーストラリア準備銀行の能力を再検証する。

23.6 慣習的でない金融政策

はじめに

アメリカ、イギリス、日本、ユーロ圏を含む、世界金融危機の悪影響を被った先進国の公定歩合は、2008年の前半から頻繁に切り下げられ、歴史的な低金利を記録した。2015年12月に目標金利の範囲を0.25%から0.5%にあげ、2016年12月にはさらに0.25%分の利上げを行なったアメリカを除けば、それらの国々の低金利は2016年の終わりまで継続した。

世界金融危機以降の政策決定は、「金融政策がいまだにマクロ経済学の主な手段だと考えられている」という事実を強調している。世界金融危機以来、先進国のインフレ率は低く、実際、特にユーロ圏ではデフレが到来している可能性さえ何度も議論された。世界金融危機は、それ自体が民間部門の支出の崩壊を招くものであると、世界中へ瞬く間に知らしめた。財政刺激策はOECDとIMFにより支援されたが、もし有害な財政赤字・負債発行の動きがあった場合、支援を中止するという条件が付いていた。刺激策はオーストラリア、イギリス、アメリカを含むいくつかの国では採用されたが、2009年の間しか行われなかった。すなわち、そこには金融政策への依存があったのだ。しかしながら、主な先進国では既に金利がゼロ近傍に下落していたので、さらに公定歩合を引き下げる手法には限界が来ていた。結果として、これらの国々は慣習的ではない金融政策を採用するに至った。

量的緩和

利回り曲線による妨害を減少させる能力が無い状況で、銀行間取引金利の目標値が非常に低いため、日本・英国・米国の中央銀行は、いわゆる量的緩和によって利回り曲線を平坦化しようと試みてきた。簡単に言うと、これらの中央銀行は、長期国債を、場合によっては民間部門の金融資産を、銀行やノンバンク民間部門から購入するための政策を立案したのだ。この政策の目的は、民間の金融資産の需要を押し上げることでその資産への市場価格を上昇させ、それにより利回りを下げ、利回り曲線を平坦化することにあった。加えて、中央銀行に対する民間部門による金融資産の売却は、国内全体の銀行準備の増加をもたらした。

この章で既に学んだように、英国、日本、米国、ユーロ圏における世界金融危機後の金利設定の調整は、量的緩和の実施を可能にした。ゼロ近傍の金利と、超過準備への低利率の利払いによって、中央銀行は非対称の政策を採用することができた。中央銀行は、準備の不足を放置できない一方、悪影響がなければ超過準備を放置できた。もし超過準備によって中央銀行が国債の売却を通して目標金利を守ることを余儀無くされた場合、最初の国債の売却は無効にされ、それによってあらゆるマクロ経済的な影響が無効化される。

イングランド銀行は、量的緩和が支出を促進するメカニズムを特定した。そのメカニズムによれば、以下のようになる。第一に、金融資産の購入は短期及び長期の金利を引き下げ、人々の自信を高める。これは信号経路として定義されている。第二に、中央銀行による国債の購入は、これらの資産を保有している家計の資本利得(キャピタル・ゲイン)を上昇させる。そして彼らは、それらの資産の上昇分を消費に回すと仮定される。これは資産構成(再)バランス経路として言及される。第三に、銀行以外の機関からの資産の購入によって増加した銀行預金と準備は、銀行の信用創造の能力を増やすため、銀行はさらに貸出を増やそうとするだろう(Joyce et al., 2012)。これが銀行貸出経路だ。

2つ目として、中央銀行による国債の購入は、これらの資産を保有している家計にとっての資本利得(キャピタル・ゲイン)を上昇させる。そして、彼らはそれらの資産の上昇分を消費に回すと仮定されている。これは資産構成(再)バランス経路として参照される。3つ目として、銀行以外からの資産の購入によって増加した銀行預金と銀行準備は、銀行の貸出能力を増やすだろう。なので、銀行はさらに貸出を増やそうとするだろう(Joyce et al.,2012)。これは銀行貸出経路とされている。

MMTは、「間接的に長期金利を減少させる公定歩合の切り下げを早く行うよりも、量的緩和を通した長期金利の直接的な減少の方が、経済を刺激することに関して、より効果的なのか」という議論に挑戦している。多くの先進国における主な問題は、経済成長の不調と、返済能力がある借り手の慢性的な不足である。第二に、資産効果による支出増加が僅かに存在しているが、退職者の金利所得も同様に金利に基づいており、利子率が低下するにつれて減少するという問題もある。第三に、MMTは銀行貸出経路の概念を否定している。なぜならそれが、「準備が貸出・預金を創造する」という、要するに貨幣乗数の考えに基づいているからだ。

マイナス金利

「慣習的でない」金融政策の二つ目の形態は、スウェーデンの中央銀行が2015年2月、日本の中央銀行が2016年1月下旬に実施した、マイナスの銀行間金利目標の設定だ。

日本は、銀行間取引金利の標準金利を-0.1%に切り下げた。しかし、金融機関の所得への影響を減らすために、金融機関が保有する準備は、正の数の金利がつく準備、金利がつかない準備、負の数の金利がつく準備の3つの層に分けられた。加えて、日本銀行はその政策に並行して、毎年80兆円分の国債を購入することによる量的緩和政策も行うことも約束した。これら2つの手法は、利回り曲線の金利を減少させ、「利回り曲線にさらなる下方圧力をかける」(Bank of Japan, 2016)と期待された。この戦略の目的は「できるだけ早く2%の物価安定目標を達成すること」であった。

インフレ率を高くすることを目標としているのに、民間部門に新たな税を課すのは奇妙である。しかし、これは、-0.3%の金利目標を達成するために行われた、欧州中央銀行による全ての準備に対する3%の課税と比べて、慎重な政策だ。こうなれば、銀行は準備の保有量を切り詰めるインセンティブを持つようになるだろう。ただし、だからといって、銀行が信用創造にインセンティブを持つことには繋がらない。

バリオとディスヤタットは以下のように記している(Bordo and Disyatat, 2009:19)。

超過準備と銀行による貸出との結び付きが希薄であることを示す、最近の顕著な実例は、2001年から2006年まで行われた日本銀行の「量的緩和」政策による経験である。ゼロ金利政策を伴った超過準備の十分な拡大、及びマネタリーベースの増加があったのにもかかわらず、日本国内の銀行による貸出行為は頑として増加しなかった。

彼らは、当時の日本における低調な貸出増加の原因が、日本経済の消費部門の需要が貧弱であり、彼らが借入を望んでいないことにあると主張し続けた。2010年以降、投資対GDP比率は回復して来たが、1990年代初頭の比率を大きく下回ったままだ。

結論

世界金融危機以来、新自由主義の考えと合致しながら、政府はマクロ経済政策の第一の手段として金融政策に頼り続けている。それは、先進国において高い失業率を発生させるという大きな間違いを犯した。結果として、従来の限定的な貨幣の緩和に関する見方を拡大させ、中央銀行は慣習的でない金融政策に頼った。MMTの視点から見れば、これらの手法は効果的でない。これまでに分かった証拠が、MMTの視点を支えている。

23.7 実践における金融政策

図23.1 1980年から2015年のオーストラリアにおける失業率とインフレ率 RBA Statistics (CPI All Groups quarterly, annualised) unemployed persons as percentage of labour force のデータを基に著者が作成。

図23.1は、インフレと失業率に対して発揮できる、オーストラリア準備銀行の能力を検証している。1993年の中盤、オーストラリア準備銀行に対して2%のインフレ目標が導入された。第18章で分析したように、1991年の不況以後、インフレと失業率の間の関係に抜本的な変化が現れた。2000年からインフレ率が減少傾向になり、それに伴い2008年まで失業率が減少し続けた。2010年の後半からは、いくつかの変動があったが、失業率が絶え間なく上昇した。たとえ、最高で1.75%から1.5%への、一連の公定歩合の減少(2016年8月のできごと)があったのにもかかわらず、失業率は上昇したのである。

それゆえ、インフレ率が2%を下回り、なおかつ失業率が上昇しており、刺激策を行うことが正当であると考えられている際に、公定歩合の切り下げても何も効果はない。この結果はMMTの見解と一致する。この実例は、ギリシャ、スペイン、ポルトガル、アイルランドのような国を継続的に分析すれば、より一層明確に示される。継続的な低いインフレ率、デフレ(物価の下落)期、欧州中央銀行によって設定される銀行間取引金利の低い目標値(2018年は0.00%)があったにもかかわらず、これらの国は2018年に高い失業率に陥っている。例えば、アイルランドは5.9%、スペインは15.1%、ギリシャは19.5%の失業率に見舞われている。

23.8 金融政策の利点と欠点

マネタリストと正統派経済学者は一般的に、金利の設定を通した金融政策を、マクロ経済政策の主な手法として使用することを好む。理由は以下の通りである。

• 簡単かつ柔軟に実行できる(月単位で実行できる)

• 政治的な影響を少なくできる。

• 金融取扱業者にとって明確に理解しやすい。

加えて、もしインフレ率の目標(例えば、2%という特定の数値や、2%から3%という範囲)が設定されている場合、消費者と企業のインフレ期待が固定される。

金融政策の欠点は以下の通りである。

• 適切なタイミングで刺激的あるいは緊縮的に作動するとは限らない、鈍く、無差別的な政策である。

• 中東における政治的な不確実性から発生する外国の石油危機や、世界的な干ばつなどの、費用上昇型インフレに対応するには不適切である。

• 衝突し合うであろう3つの政策目標(インフレ・GDP成長・資産価格上昇)に影響を与えることを試みるためには、いくつかの状況においてそれぞれ個別の手段が存在している。ティンバーゲンは、経済政策が一貫するためには、手段の数が目標の数と等しくなければならないと指摘した(Tinbergen, 1952)。

• 地理的に差がない。よって、大都市の住宅ブームが、より高い(変動金利付きの)住宅ローンの返済を通して、住宅価格上昇を抑えるための目標金利の引き上げを正当化する一方、同時に、農村部での住宅価格の下落と雇用機会の減少が、金利引き下げを正当化するかもしれない。

• 低インフレ率(または目標範囲)に合わせて過度に調整すると、過度に緊縮的になる。それは、よく過小評価される、高失業率という経済的・社会的な大きな費用をもたらす。

23.9 中央銀行の独立性

はじめに

金融・財政政策を実行するための制度的な手法についての重要な議論は、近代的な貨幣経済において中央銀行が独立性を持っていることの正当性について向けられている。もしそうならば、独立の本質とは何であるべきだろうか。我々は以下のことを既に示した。中央銀行は、目標金利と支援金利が等しい場合、あるいはゼロ金利目標が存在する場合を除いて、準備の提供に関して緩和的でなければならない。だが、中央銀行はまた、法律で定められた政策目標の制約の範囲内において、銀行間取引金利の目標を設定することも可能である、と。

中央銀行は目標金利と支援金利が等しくなったりゼロ金利目標が存在しない限り、準備の提供に関して調整的でなければならない。しかしまた中央銀行は、法律で定められた政策目標の制約の範囲内において、銀行間取引金利の目標を設定することが可能である、と。

独立性に関する根本原理

オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、イギリスなどの、いくつかの主権国家の経済では、第一次市場で中央銀行が政府債務を買い取ることに法的な制約はない。しかし実質的に、これら国の中央銀行は、カナダを除いて、第一次市場における買取を制限されている。この制限は、1913年の連邦準備銀行の設立の時に書かれたアメリカの法律に含まれている。一方で、財政赤字が対GDP比で25%に達した、第二次世界大戦期のような例外措置もある。

確かに、主流派経済学の専門家や政策立案者の中では、「中央銀行が第一次市場において国債を買うことによって財政赤字を賄うことを禁止すべきだ」という合意が存在する。イギリス財務省は債務管理局を通して、事前に公表した発行日(それは年内に変更される可能性もある)に合わせて国債を発行し、必要な資金を賄っている。このことは、次の理論的根拠を提供する。これは、この原則を支持して行われた議論を代表するものだ。

政府は、透明性と予測可能性の原理が、必要な予算を完全に満たすための最も良い方法だと信じている。また、金融政策と債務管理政策の制度的分離と一致しつつ、公共部門の金融取引が金融状況に影響を与える可能性があるという認識を回避するためにも、最も良い方法だと信じている。(HM Treasure, 2012:8)

最初の点は、全体的な資金調達の必要性に沿った債務の発行・売却によって、政府支出が税収を超える(つまり財政赤字)傾向が明らかになることを示唆している。1オークション制度の下では、様々な満期の国債は、市場で決定された利回りで販売されるため、資金調達は完全に達成される。第二に、債務の売却は、財政赤字によって発生する準備への影響を中和するだろう。これは、「超過準備を排出するために債務を売却することにより、中央銀行が金融政策の整合性を維持する必要性を回避し、金融政策と債務管理政策の制度的分離を維持する」と考えられてしまうかもしれない。しかし、銀行はある程度の追加の準備を保有することを望み、また、銀行以外の民間部門も、経済活動が活発になることを考慮して、追加の現金を保有したいと望むだろう。それゆえ、流動性管理の必要性は、「非政府部門による追加の債務保有が、必要な予算を完全に賄う行為と一貫していない」ということ、また、「金融政策と債務管理政策との間の制度的な分離が存在していないであろう」ということをよく体現しているかもしれない。

もう一つの事例は、「欧州中央銀行によるユーロ加盟国政府の債務の買い取りが禁止されている」と推定された、ユーロ圏だ。設計上、これらの政府は、マーストリヒト条約で定められた基準、つまり3%の赤字対GDP比率、60%の債務残高対GDP比率を維持するために、市場によって統制されることになっている。本書の前半で学んだように、この基準は実現に至っていない。第二次市場でユーロ加盟国の政府債務を購入したことによって、欧州中央銀行のバランスシートは、米国連邦準備銀行のそれよりもさらに大きくなっている。

ほとんどの先進国における中央銀行は自国の議会に対して説明責任があり、自らの業務と財政政策に関する詳細な情報を提供する義務を負わされている。本章前半で説明したように、ほとんどの議会は、低インフレ・雇用・適性な経済成長・財政の安定性など、中央銀行の行動を規定するマクロ経済目標を細かく指定している。議会は、これらの目標を達成するための手段(例えば、公開市場操作、割引窓口)に関して指示を出さない場合がある。

金利を設定する責任を負う委員会や理事会が、権力を持つ政党によって任命されることが多いにもかかわらず、世の中には「多くの中央銀行が享受する『独立性』により、中央銀行は特定の利益団体からの政治的圧力から距離を置くことができる」という一般的な見解が存在する 。それゆえに中央銀行は、評判は良くないが長期的に経済に利益をもたらす決定も下すことができるとされている。ついには、一部の主流派経済学者が「中央銀行は、財務省が行う税と政府支出に関する決定も管理するべきだ」と信じているのにもかかわらず、これは全く実現していない。中央銀行は財務省に対する支払いを断ることができない。なぜなら彼らは、決済システムの円滑な機能性を確保するように強制されているからである。もし中央銀行が、「不足している予算」の賄うための財務省小切手を購入しなかった場合、中央銀行の最高責任者は、説明責任を果たすために、選挙で選ばれた代議員の面前に呼ばれるだろう。主権政府の支出は、財政に関する法律・契約によって制約されているのであって、中央銀行に制約されているわけではない。2

23.10 水平的・垂直的業務:それらの統合

ある面で、垂直派3と水平派は、それぞれ別々の貨幣供給プロセスを捉え方をしている。ある一方から見れば、政府が不換紙幣を供給することで構成される、貨幣供給プロセスの垂直的要素を考えることができる。政府による財・サービスの購入、中央銀行による資産購入(金・外貨・外国国債の購入や、割引窓口での債券の割引買取)を通じて、政府から民間部門へ垂直に貨幣が落ちる、と。

図23.2はマクロ経済の関係性の垂直と水平の側面を表現している。後者は、マネーサプライを拡大・縮小させる、民間の信用市場の参加者(例.銀行)を表している。

図23.2 垂直と水平のマクロ経済関係

「民間部門に(政府支出によって発生する)政府の不換貨幣を受け入れる意欲があるのは、政府がその不換貨幣で納税することを民間部門に義務付けているからだ」という今までの議論を思い出して欲しい。

政府部門(財務省・中央銀行)は「(広義の)通貨」を経済に注入する。現実世界に対して、財務省は通貨を「支出」している一方、中央銀行は通貨を主に「貸し出し」ている。そして、(人々の納税義務を解消する)徴税は不換貨幣を排出する。これは、民間部門から政府部門への垂直的な動きと捉えることができる(すなわち、貨幣の「ゴミ箱への移動」は、単に中央銀行のバランスシートの負債側を減少させる)。これらの垂直的なフローの差(赤字支出)は、不換貨幣の貯蓄(全民間部門が保有する通貨と、銀行が保有する準備)の変動をもたらす。その多くは、民間の機関によって、自らが発行した負債に相当するように保有されている。また政府は、金利が付く債券を金利が付かない現金や準備と交換するように提案できる。これらの債券の売却(第一次市場における財務省による発行・売却であろうと、第二次市場における中央銀行による売却であろうと)もまた、通貨を排出する。排出された通貨は、家計と企業にとっては現金として保有されていたものであり、銀行にとっては準備として保有されていたものである。

もう一方で、銀行による水平的な貨幣供給も考えることができる。これは、貯蓄された垂直的な不換貨幣の「レバレッジ」という形で可視化できる。明らかに銀行貨幣は、不換貨幣をレバレッジした結果で生まれたものの一種でしかない。レバレッジによって生まれたものには他にも、コマーシャルペーパー、民間債券、全ての種類の銀行預金などが含まれる。要するに、計算に使用する不換貨幣で換算された全ての負債が含まれる。これら全ての民間負債は、以下の3つの共通する特徴を持っている。(1)まず、それらは不換貨幣で換算されている。(2)また、それらは短期ポジション(現在保有できる金融資産を提供する契約)か長期ポジション(現在は保有できない金融資産を、将来において提供する契約)で成り立っている。(3)そして、それらは長期・短期でいずれ相殺されて、いずれゼロになるような「内側の」債務である。銀行預金は、不換貨幣の長期ポジションとして考えることができる。一方、銀行の借り手は、「自分たちは、借金を返済するための貨幣をいつか手に入れられるだろう」という賭けをしながら、短期ポジションを持っている。

政府支出の減少は、民間部門の資金繰りを困難にし、銀行に対する借入金を返済するのに十分な貨幣を獲得できなくさせる。これは時々短期収縮と呼ばれる。政府支出の削減は、失業を増加させ、労働者などの借り手の所得を減らす。また、企業においては売上が減り、同時に利益も減り、必要な借り入れができなくなる。もし(正の数の銀行預金残高を持っている)「救済者」が自分の支出を増やす意欲があるならば、あるいはその他の人々が短期ポジション(収縮に対する貸出)を獲得するために市場へ参入してくる意思があるならば、政府支出の削減から発生する収縮は緩和される可能性がある。この場合、非政府部門での資金不足が、水平的な階層における活動で和らげられるかもしれない。だがこれは、経済活動が後退し、非政府部門が支出と貸出に慎重な立場をとっている時に起きそうにない。

短期圧縮を和らげることができる唯一の信頼できる方法は、政府が(垂直的な要素を通して)純粋な貨幣の供給者としての能力を発揮することである。もし政府が短期収縮に対応しない場合、銀行の借り手は資産の売却、借り換え、新しい負債の発行を余儀無くされるだろう。これは資産価格の下落を招き、経済を総合的な債務デフレに陥れる。また、もし短期収縮が継続すれば、債務不履行が頻繁に起こる。他方、もし中央銀行が最後の貸し手として介入するか、財務省が財政赤字を拡大する場合、これを避けられる。

もし状況が非常に悪化した場合、銀行の借り手が債務不履行になるため、銀行は、保有する資産が負債を下回ることによって、支払い不能になる。もし長期ポジションを保有する顧客が銀行預金を清算した場合(銀行預金より不換貨幣を求めた場合)、銀行は中央銀行の割引窓口で準備を借りざるを得なくなる。以後、銀行のバランスシートは悪化するので、彼らは、中央銀行の割引窓口で十分な資産を得ることができず、預金保険会社に「救済」を要請するだろう。物価が下落し、借り手が債務不履行に陥り、銀行が破綻すると、民間経済はほぼ確実に景気後退(または悪化)に見舞われ、税収が低下し、おそらく(自動安定装置を通じて)政府支出、及び財政赤字(と利用可能な純貯蓄)が増加するだろう。

結論

この章では、金融政策に対するMMTアプローチを検証した。我々は、なぜ中央銀行が、通貨の総計を制御できないことに気づき、代わりに、翌日物金利目標を明白に採用しているのかを説明した。さらに、政府の銀行として機能する中央銀行の役割についても説明した。これは、中央銀行が財務から「独立」しているという、一般的な信念が間違っていることを暴露する。中央銀行は、決済システムが円滑に機能するように、財務省と緊密に協力しなければならない。

また、中央銀行が世界金融危機後に採用した、「慣習的でない」金融業務と呼ばれるものも検証した。我々は、これらの政策が、達成すると考えられていたものを達成するのに、ほとんど効果を発揮しない理由を説明した。最後に、MMTが金融政策の分野にもたらした理解を考慮に入れた、より効果的な政策立案のための提言を提供した。優先すべき政策は、機能的財政の助言に従って導き出される。財務省は、労働者の完全雇用を維持するのに十分な支出をすべきだ。中央銀行は、完全雇用の生産水準で、銀行・家計・企業が望む通貨(現金と準備金)と国債の組み合わせを提供すべきだ。完全雇用下で「短期収縮」を追求する理由はない。まさにそのような愚策こそが、「健全財政」の原則が指示しているものなのである。残念なことに、ここ数十年の政策立案者は、機能的財政よりも健全財政を追求する傾向がある。

出典

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Tinbergen, J. (1952) On the Theory of Economic Policy, Amsterdam: North Holland.

後注

1.自動安定装置の結果として、財政赤字が「悪化」する可能性がある。

2.しかし、米国の「債務制限」は、政府に計画的な財政支出の停止を余儀なくさせることもある制限だ。連邦政府債務の総発行残高が債務制限に近づくと、議会はその制限を引き上げる必要がある。これは通常、定期的に行われる。ただし場合によっては、政治的工作により、(通常、好ましくない事業を財政戦略から排除しようとする)代議員たちが制限を引き上げるために投票することを拒否すると、行き詰まりを引き起こす可能性がある。こうなると財務省は、時には支払いを延期することにより、債務発行を延期し、政府支出の凍結に備えなければならない。結果として、未払い債務に対する約束された利子の支払いの不履行を含む、深刻な状況が訪れる。これは、連邦準備銀行によって課された制約ではない。議会は、債務制限をなくすために法律を改正することができる。あるいは議会は、国債の日常的な発行を減らすための、財務省の支出方法を管理する規則を改正することができる(米国の行政手順については第20章を参照)。2011年と2013年には、債務制限の引き上げに関する行き詰まりにより、危機が発生した。2018年2月上旬、トランプ大統領は法案に署名し、 2019年3月1日まで債務上限を一時停止した。

3.「垂直派」という用語は通常、マネーサプライ曲線を貨幣や金利空間において垂直と考える、正統派経済学者を表すために使用される。彼らの考え方によれば、中央銀行がマネーサプライを(預金乗数プロセスを介して)外因的に決定している。これについては第10章を参照してほしい。しかし、ここでの説明では、「垂直派」という用語を別の意味で使用している。